第4章 でかいアホの子

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「ねぇねぇ! 喜一がすっごいイケメンのペット飼い始めたって聞いたけど?」 常連ばかりが顔を連ねるゲイバー。 ファッション関係のうちの業界には同類が多い。 そして世界は広いようで狭い。 だから俺が夢中過ぎて盲目のまま、恋人との新居を借りた途端に別れた――っていう噂は広まるだろうけど、まさかアシスタントの事ももうすでに流れているとは思っていなかった。 「ノーコメント」 浩介がペラペラと話したんだろう。 冗談でペットなんて言ったのが、勝手に二本の足を生やしてトコトコと独り歩きをしている感じだ。 「ノンケも落とせるもんなぁ、喜一は」 「ノンケは対象外だって」 そうだ。 ノンケとの恋愛なんて良い事はひとつもない。 いつか女のところに行ってしまう。 「飲みに行ってくる」それが俺の場合は仕事関係じゃなければ、こういった店で同類と呼ばれる人達との酒の席だとしても、ノンケは違う。 女が隣でヘラヘラ笑ってるんじゃないか 胸の開いた服で誘っているんじゃないかって 嫌な不安が積もり積もって、いつか身動き出来なくなるんだ。 「ねぇ、どんな子?」 「でかいアホの子。女ったらしで、どこをどう間違っても男と寝ない子」 「えー?! そうなんだぁ」 「残念がっても、お前、この間彼氏出来たばっかじゃん」 にこやかに笑って、甘いカクテルを飲んでいる友人の智也(ともや)が少しだけ羨ましい。 俺もこのくらい素直だったら、今まで逃げられずに済んだのかな、とか思ってしまう。 でも仕事の責任を放り出すことは到底出来ないし、この仕事をしていたら帰りが毎日のように遅いことだって仕方がない。 『でも飲み行く時間はあるんだろ?』 そう言われてしまうことだってある。 でも美容師なんだ。 仕事して家に帰って、寝る。 それじゃあ、そのうち今求められているスタイルなんてわからなくなってしまう。 雑誌だって時間のある時には出来る限り目を通して、普通にクラブにだって行ってみる。 人間観察を兼ねてそういう場所に行ってるんだって言っても、理解してもらえないことのほうが多い。 仕事と俺と――なんて選択を迫られたこともあるけど、いつも答えに詰まってしまう。 そして溜息を疲れるんだ。
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