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自分の分の会計だけを済ませて、ブーイングしている友人に微笑むと、ペットが家にいるからだ、なんてからかわれた。
そういうわけじゃない。
瑞樹が「ワン!」なんて言いながら出迎えるとは思ってない。
っていうか、それをしたら退くけど。そうじゃなくて、少しショックだったんだ。
「それじゃあ、また」
普通に酒を飲んでいたことに。
飲み過ぎなんて言ってみたけれど、失恋の痛手で深酒をすることもなく、普通に瑞樹の話をしていたことに。
だって、俺は俺なりに運命の恋だと思ったんだ。
だから浮かれてふたりで暮らせるくらいの広さの部屋まで借りてさ、相手が浮気をしていたことにすら気が付かなかったけど、俺はすごく好きだった。
本当に。
なのにその失恋でまた手にとってしまったはずの煙草も忘れて、普通にしていた自分にちょっとショックだった。
「……立ち直るの早すぎでしょ」
それが元彼の浩介の機転だとしても、新人で年下でノンケで……絶対に何があっても恋愛には発展しない瑞樹のアホっぷりのせいだとしても。
結局、運命だぁなんてのぼせていた、その恋は本当に本物じゃなかったんだと思い知らされた。
「……ただいま」
明日は店が休み。
だから瑞樹もどこかで飲んでいるだろうと思った。
お互いの連絡先は利便性を考えて交換してあるけど、恋人同士でも友達でもない。
だから「飲みに行ってきます」なんて連絡も必要ない。
「何? 帰って来てたの?」
「……はい」
廊下からひょこっと顔を出した瑞樹は何故か気まずそうにしている。
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