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「何だよ」
「いやぁ、ここ喜一先輩の家ですから、休み前の今夜は彼女とか連れ込むかなって」
「は? だとしたら、なんでお前が早く家に帰る必要があるんだよ」
「いや、だから早めに帰って飯だけ食って、どこかに行っておこうと思ったんですけど……」
酔いが廻っている俺が顔を覗かせている瑞樹の所までやってきて、ようやくその異変に気が付いた。
なんか
焦げ臭い。
「カレーを丸々焦がしてしまいまして……」
「はぁ?」
そのもう見た瞬間に、僕、焦がされちゃいましたって主張している、新品の鍋を覗いた。
カレーらしき物体は固形の炭と変化して、赤い新品だった鍋の外側は黒く変色している。
温める際に焦がすことはあるだろうけど、ここまで見事に焦げ付かせる人間は初めて見た。
「お前ね……」
「わ、わかってます! あのですね、火に掛けてから、あ、今日はサッカーの試合あるじゃんって気が付いて、スマホでテレビを見ようと思ったら、電池がヤバくて、充電器を探しに部屋に戻ったんです。そしたら今度は」
「も、いいから」
「はい、申し訳ないです」
大型犬がしょんぼりと項垂れている。
こんな姿を映画で観たことがある。
お腹が空いたあまりドッグフードを袋から破って食べていると、その袋が倒れて、キッチン一面にフードが散らばる。
それを食べているうちに観葉植物を倒し、その拍子にキッチンテーブルの上の物は次から次に落っこちて
そして、帰ってきた主は愕然とする。
今の俺ならあの主の気持ちが理解出来る。
「あの、この鍋、弁償しますから!」
「これ、高いけど?」
「え? 七百円くらいじゃないんすか?」
この家を借りる時、何度も言うけど俺は浮かれていたんだ。
頭の中で仲睦まじく並んで料理をする姿を想像して、微笑みながらキッチン道具を買い揃えてしまうくらいには浮かれていた。
「ゼロがひとつ足りない」
アシスタントの給料がどのくらい安いのかは知っている。
だからこんな小さなミルクパンがそんなに高いなんて、と頭を抱えるのもわかる。
「あっ! つうか彼女! 連れ込むの邪魔っすよね! えっと、あと飯は」
そしてやっぱりこの大型犬はアホの子だ。
「連れ込まないし、鍋もとりあえずいいから、とりあえず飯どうすんの?」
「…………頂きたいです」
大型犬は“待て”と“伏せ”は得意らしい。
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