第6章 犬はお散歩大好きです。

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赤で揃えた調理器具はけっこう気に入っていた。 値は張るけどその分、質がいいから長く使える。 勿論そのためには手入れも必要だけど。 「おはようございます!」 「……おはよ。何? 出掛けるの? いってらっしゃい」 瑞樹がうちに居候して初の休日、大型犬のこいつはそのでかい図体でリビングの隅に正座をして、外出用の服を着て髪もセットし待機していた。 散歩に行く前に良い子で待ってますアピールをしている犬のように。 大方その理由は検討が付いている。 昨日丸焦げにしてくれた新品のミルクパン、それを買いに行くのに同行しよう。多分、そんなところだろう。 料理はけっこう好きだから家で食べる時は大概自炊だ。 その際、あのミルクパンは重宝する。 大家族じゃないのだからスープ、味噌汁はあれで作るし、昨日の瑞樹のようにひとり分のカレーを温めるのにも使う。 だからあれがないと案外不便なんだ。 いちいちでかい鍋を出すのも面倒だし。 「……いいよ、俺、買い物ついでに行くだけだから」 「いえ! そういうわけには!」 「お前は週一の貴重な休みだろ? ゆっくりするなり、女の子とデートするなり、明日からの仕事に向けて英気を養え」 「大丈夫です!」 この駄犬は妙に義理堅い性格らしい。 てこでも動かないと、正座している膝の上に置いた自分の拳をぎゅっと更に固くした。 トップは給料も高いけれど、もうひとつ、週二の休みが確保されている。 そうやって目に見えた格差を嫌う人もいるけど、自分の腕でのし上がれるこの世界の仕組みは嫌いじゃない。 実力主義だけれど、アスリートとかとは違って、才能よりも努力でどうにかなる部分が大半だから。 「弁償免除なら、せめて荷物でも何でも持ちます! 下僕としていくらでも使ってください!」 「あのね……本当にいいってば」 「そうはいきません」 「……はいはい。そしたら用意させて」 頑固な駄犬に付き合うより他はなさそうで、朝飯は簡単にサンドイッチにでもして、出掛ける準備を始めることにした。
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