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「お前、もしや」
「大丈夫です! 俺、職場ではそういういざこざにならないように、気を付けてますからっ!」
それ、そんな胸を張って自慢することでもないんだけど……と心の中で呟いたけれど、ものすごく立派なことを言ったぞ! とあまりにも誇らしげな大型犬に、そのツッコミを口に出すのは憚られた
「瑞樹、ここ」
「へ?」
「さっき目的地追加するって言ったじゃん」
瑞樹はその建物を見上げて、口を大きく開けている。
なんてアホな顔だろうと、感心出切るくらいに呆けていて、これもまたギャップか何かで女の子を落とすのに有効なんだろうかと、観察していた。
中に入ると、ふんわりとそこかしこから甘い匂いや柑橘系の爽やかな匂いがしている。
さすが大型犬だ。
鼻が利くのか、クンクンとその匂いを色々追い掛けている。
俺は目的の物へと真っ直ぐに向かい、それだけを手にとってレジへと向かった。
瑞樹はウロウロしているものだから、店員に捕まっていた。
目的もなくここに来たら普通戸惑いそうなのに、瑞樹はにっこりと笑顔でスムーズに何かその店員と話していた。
しかも何か盛り上がっている。
どこに行ってもすぐに女の子をにこやかに出来るっていうのはある意味、接客業に携わる人間としてはすごく長所だと思う。
「瑞樹、行くぞ」
その一言に大型犬が真っ直ぐに駆け寄った。
「早いっすね。もう用終わったんですか?」
「ほら、これやる。使いかけだけど」
「?」
「ここのハンドクリーム」
手に塗るだけにしては値段は高い。
でもこのくらい質の良いものじゃないと、美容師の手がもたない。
「え? だって超高くないっすか?」
「よく知ってるな」
「だって喜一先輩が手に取ったの見たし」
目ざといというか、なんというか。
「こっちの期間限定の匂いのクリームを試したかったから、その匂いも飽きてきたし。それなら一日シャンプー台のとこにいても手がもつよ」
「……」
「ほら、次は丸焦げになったミルクパン」
じっと不思議そうにそのハンドクリームを眺めてから、先を歩き始めた俺の後を追おうと、大型犬は笑顔でそのクリームをポケットに仕舞い込んで駆け寄って来た。
「ありがとうございます」
ピンと立ち上がった耳が見えた気がした。
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