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俺が女だったらその手を奪って塗ってあげることも出来るけど、そこまでするのは不自然だ。
というか、同性からそんなことをされたら気味が悪いだろう。
「もっとちゃんと塗らないと意味ないぞ」
「そうなんすか?」
不思議そうに自分の手を眺めている瑞樹は、もうこれでばっちりなのにって顔をしていた。
仕方がない。
溜息を零しながら、買ったばかりの新品を開けて、マッサージするように自分の手に塗り込んでいく。
平日のカフェで男ふたりでハンドクリームを塗っている時点で充分気味が悪いだろうけど、そこまで気を使ってしまうのは自分がゲイだからなのかもしれない。
瑞樹は何も不審がることなく、俺の手をじっと観察していた。
「美容師が手ガサガサじゃダメだろ。お客さんはうちに綺麗になりに来てるんだから。綺麗にするほうの人間の手が汚いんじゃ」
「なるほど」
塗り終わった手を瑞樹が掴んだ。
「?! ……バッ! お前」
手を掴むだけでもおかしいのに、その手へと自分の鼻を近付けて、クンクンとさっきの化粧品の店にいた時のように匂いを嗅いでいる。
角度によっては手の甲にキスをしているようにも見えそうなその体勢に、慌てて手を引っ込めた。
「こっちも良い匂いですね。何んすか? この匂い」
「ひ、向日葵、って書いてあった」
「へぇ向日葵ってこんな匂いなんだ」
向日葵自体はこんな匂いじゃないだろう。
向日葵をイメージした匂い、が正解だ。
「あ、それと喜一先輩の手すっげ柔らかいっすね」
「知るか、アホ」
そう言う声がひっくり返りそうだった。
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