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「葉ちゃん、葉ちゃん!事件ですわ、大変ですわ?」
カウンターキッチンの向こう側で、ランチの仕込みをしている男に呼びかけた。
この男、紅野葉一郎(こうのよういちろう)という。
紅茶色の髪に緑の瞳、色彩も派手なら姿も年ごろの娘であればたちまち恋に落ちそうな美丈夫である。
葉一郎はこの戀戀茶房の店主兼オーナー。
そして
ただ一人の店員、成葉由利のお目付役でもある。
今日も喜怒哀楽をはっきり示す由利を見て、穏やかな微笑みを浮かべる。
「どうしました、由利?」
仕込みの手を止めて、彼女を見つめる瞳は優しさと愛情に溢れている。
迷いもなくその胸に飛び込み、由利は先程の電話について報告を始めた。
「お姉様が一番最初のお客様になって下さいますの。何時もお姉様がわたくしの背中を押して下さるのですわ。」
わたくしは何もお返しが出来ておりませんのに…と涙を浮かべる由利に、葉一郎は…
「由利がしっかりと由貴さんをおもてなしすることが一番の恩返しですよ。さぁ、『春夏冬中(あきないちゅう)』の札を下げてきてください。」
と優しく諭す。その言葉に笑顔を見せて由利は門扉の前に札を掛けた。
『戀戀茶房 春夏冬中』
さぁオープンです。
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