第一幕-異世界-

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ああ、景色が、世界が揺らぐ。 何故だか力が入らない。途切れそうな意識の中で、最後に目に入ったのは先程の銀髪に戻ったリデルが、感情のない瞳を俺に向けていた。だが、俺は彼女の左目から涙が零れるのを見た。 真紅の瞳は虚ろなままなのに、まるで何かを訴えかけるような、そんな眼差しだった。 「ちょっと、立花君。ここ、要望通りに仕上がってないんだけど。あっと、ここと…それとここも駄目。これだとヒロインの意図が掴めないわ」 仕上がった原稿にビシバシと赤ペンで印を付けていく斎藤さん。厳しいけど、凄く綺麗な人なんだよな。ボブカットのしなやかな黒髪にキラリと光る紅フレーム眼鏡。如何にもバリキャリって感じの人。 …ってあれ?俺、さっきまで草原の中に囲まれてなかったっけ。ピンクの巻き毛のティムロット、全身黒づくめの天然アルフレド。後…あの女の子、リデル。あの子にキスされ…って自分が書いた物語の登場キャラクターにキスされるってなんなんだ、俺。複雑な気分だ…。 「聞いてるの?立花君」 「え、あ…。すみません」 ん?そういや斎藤さん、誰に向かって話してんだ。立花君って…俺、ここにいるけど。 目を凝らして見ると溜息をついてる斎藤さんの前に頭を掻いて正座してる俺が居る。え、これ、何?どうなってんの。今度は俺が二人?分身ですか?幽体離脱ですか?不思議体験、短期間の内にし過ぎだろ。 よく見たら…俺の身体、透けてねぇか?もしかして、俺…帰って来たとかじゃなくて、これって夢…?ファンタジー体験してる方が夢?それとも…。ああ、駄目だ。訳わからん。 「………っ!!」 一気に意識が浮上し、身を起こす。手を見てみる。…さっきみたいに透けてない。やっぱりあっちが夢。と、言う事は。俺は、まだ自分が書いた物語の中に居るって事だよな。さっき目覚めた時とは違い、高級そうなベッドに横たわっていた。…アルフレドがここに運んでくれたのか?それに、あの子…。リデルはどうなったんだろう。あの子の事が何故か気になる。 閉められていた、これまた高そうなカーテンを開けると日の光が入り込んできた。思わず目を細める。窓からは、外壁が見えた。ここが、ティムロットとアルフレドが言っていた、女王陛下とやらの城なんだろうか。訳がわからず唸っていると、コンコンとドアを叩く音がした。 「起きてるけど…?」 「失礼します」
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