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 毎年秋に行われる全日本学生美術展。田中は高校一年・二年と油絵を出品し、見事連続で最優秀賞を獲得した美術部のエースだ。こんな快挙はこの学校が開校されて以降初めてのことで、この高校でも、田中秀を知らない人はいないってくらいの(ってそれは少しオーバーだが)有名人なのだ。でも、田中自身はそんな快挙など別にどうでもいいのか、美術部の松浦が三年連続最優秀賞に躍起になっているのを横目に、それほど気合いを入れて取り組んでいるようには見えない。こんな表現が美術展では受けがいいなんて言われても、田中はそれにこだわるほど賞を取ることには興味がないのだろうか?……きっと松浦としては、そんなはっきりしない田中の態度が歯がゆいに違いない。多分田中は栄誉が欲しいのではなく、筆を持ち、絵を描くという、その行為自体が本当に好きなのだろう。人一倍の集中力を持続させたその先には、独創的な田中の世界がキャンバスに広がっている。自分でも言っていたが「俺の中から湧き出るもの」を表現したいだけであって、田中にとって絵はそれ以上でもそれ以下でもないらしい。  そんな欲の無い田中の絵には、見る者の心を掴む圧倒的な表現力が備わっている。田中の絵は、田中の中に存在する摩訶不思議な世界を表現することが多く、一見何を描いているのか分からないものが多い。でも、それは見る側の興味を大きくそそるのだ。だからか、田中の絵の前に来ると、皆自然と立ち止まる。立ち止まりそこから中々動かなくなる。田中は、一瞬にして見た者を自分の絵の世界に引きずり込む強い力を持っているのだ。
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