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 ほんの一ヶ月ぐらい前までの私の学校生活は、だいたいが代わり映えのしない、同じ事のくり返しのような世界だった。でも、今の私には、放課後だけは「代わり映えのしない世界」ではない。放課後の美術室へ通う毎日は、一日一日がとても印象的でおもしろく、幼い子どもみたいにわくわくする。そして私の描く絵が、時が流れると共に徐々に深みを増していき、確実に自分が描きたいとしている理想の絵へと変化していっていることが正直嬉しかった。     田中の私への指導は技術的なことはまるでなく、ただ見えない気を送るかのように私の絵をじっと見つめ、一言、二言感想を述べるのみだった。私はたいがいその感想を素直に受け入れるが、時に田中の感想は意味不明で困惑することが多く、それでも私は、そんな田中の言葉をドキドキと心臓を鳴らしながらいつも心待ちにしている。田中の感想が私の潜在能力を引き出すみたいで、そのやりとりが不思議なくらい心地良く、私を幸せな気持ちにさせる。              田中が私の絵を特別だと思ってくれていること。そして、私の絵を美術展に出したいと思っていること。本当にどうしてこんなことが突然私の身に起きたのか。それが私はとても不思議でたまらない。でも、長い人生にはこんな降って湧いたような幸せが突然訪れても何もおかしくはないし、 (私の人生って、それほど捨てたもんじゃないんだ!)    と、少し有頂天になりながら、私はそんなことを考えていた。  今日も私はいつもと変わらず意気揚々と美術室へ向かった。まだ、他の部員達の姿は無く、毎度のように私が一番乗りだ。ちょうど白の絵の具が切れていたので、松浦に借りるべく、私は美術室奥の部屋のドアまで歩いた。
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