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梅雨の時期は胸がざわついて落ち着かない。気圧の変化に敏感な喘息患者のようだと思う。きっと自分も小児喘息だったせいで、この時期になるとその頃の名残が私をこんな気持ちにさせるのだろうか? 否、それとはまったく関係ない。そんな身体的な事じゃなく、それは、心浮き立つような理由無きときめきに翻弄されるみたいな感じ。……きっとこの時期が、異世界に繋がる特別な空気感を放っているからではないかと真剣に思ったりする。突然、目の前に知らない誰かが現れて、「君の居場所はここじゃない」なんて言われて手を引かれ、あっさり異世界に導かれる。……なんて妄想を、私は特にこの時期に、現実味を帯びながら頭の中で繰り広げてしまう……。
でも、本当は分かっている。どうしてそんな妄想に自分が逃げてしまうのかを。それはただ単に、自分のこの刺激の少ないつまらない日常と、いくら気合を入れようとしてもなかなか上がってくれないモチベーションが原因という、いたってオーソドックスな理由からだ。
きっとそんな私は「この世に半分しか存在しない、まったく存在感のない女」だと、周りから思われている確率は結構高いとたまに自虐的に考えるが、それでも、特にこの時期になると私は、そんな妄想、そんな理由無きときめきに心を強く支配されてしまい、自分が生きている現実の世界が魅力なく薄れていってしまうのだ。
しかし、私は授業中に何を考えているのだろうか? 高校三年生が「異世界」だの「理由無きときめき」などと妄想していること事態、既に自分の人生を諦めたようなものではないか……。
私はぼんやりと窓の外の景色を見つめながら、そんなことを考える。
今日も一日雨が降っていた。築四十年以上のボロ校舎の廊下は、歩くと靴底がキュッキュッと泣くほど湿っている。さっきは田中が、昼休みに廊下で転んで尻餅をついていた。……あれは私が用事を頼まれ職員室へ向かう時で、階段を上り切り、調度廊下に足を踏み下ろしたその時、痛そうに座り込んでいる田中と目が合った。
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