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「別に。こだわってるわけじゃないよ。ただ素直に好きなんだよ。宮原の絵が。俺が脇でごちゃごちゃ言って励ますとさ、おもしろいくらい宮原の絵が良くなっていくんだよ。先生だって宮原の絵見てるでしょ? 正直ダークホースだと思わない?」 「そ、それは確かに、良くなって来てるとは思うわよ。でも」 「でしょ? ほら、先生だってそう思ってるんじゃん。でね、俺が励ますとさ、宮原の絵の世界に入ってみたくなるぐらい、どんどん宮原の絵の魅力が増していくんだよ。それが俺と宮原の共同作業みたいな感じでさ、これが結構楽しいんだよね」  今感じていた胸の痛みが、田中の言葉を聞いてすっと消えた。自分ってここまで単純な人間なのかと呆れてしまうほど、私は今田中の言葉に心から感動してしまっている。 「……何なのそれ」  松浦が低い声でそう言った。それは束の間の幸せだった。今度は急に、私はその松浦の声にぞっと背筋が凍った。その語気には明らかに「嫉妬」という激しい感情が込められているような気がしたからだ。 「そう。なんか不思議でしょ? こんなワクワクする感覚初めてなんだよね。もしかして宮原の絵が完成したら、俺はその世界に行けるのかな~なんて、ほんとバカみたいだけどリアルにありそうじゃない? あはは。そんなわけな」 「バン!」と何かを強く叩くような音がした。それは、自分の気持ちを分かってくれない脳天気な田中の言葉を遮るために、松浦が出窓に置いてあったバインダーをわざと強く床に落とした音だと、私はそう瞬時に理解した。 「……せ、先生?」  田中が驚いて松浦を凝視した。松浦は田中の視線を受けると、出窓に座る田中の正面に立ち、いきなり彼の両腕を掴み、下から上目遣いに見つめながら懇願するように言った。
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