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授業も終わり、私は果歩ちゃんに「今日は部活に行く」と伝え、美術室へ向かった。美術室には既に田中がいて、普段通り教室の奥の、窓際の場所を陣取りもくもくと絵を描いていた。私も自分の定位置にイーゼルを置き、椅子に腰掛けると、ただひたすら油絵の具をベタベタとキャンバスに塗りたぐる。いつも思うことだが、絵って如実に自分の精神状態が反映されものだと思う。今日の私の絵は集中力に欠ける絵で、いくら描いても、描いても、自分がいい気分になる絵が全く描けない。……理由は分かっている。昼休みの出来事。あの時の事を単に引きずっているだけだということを……。
「調子悪いの?」
「え?」
驚いて振り返ると、田中が私の後ろに立ち、私の絵を覗き込んでいる。
「べ、別に!」
私は急に胸がドキドキとした。
「いい絵じゃん。もったいないよ。集中して描かないと」
田中は顎に手を当てながら、私のまだ書きかけの絵にそんな言葉を吐いた。
「え?、そ、そう? そうかな~」
私はどぎまぎと持っている筆を振り回しながら田中をチラ見した後、自分の絵を見つめた。
(これ、いい絵なのか?)
自分でもどこがいい絵なのか分からなかった。ただ、私の好きなこの時期特有の雰囲気を絵にしてみたいと思い描き始めたものだったが、なにせ今日の私は、後ろにいる奴のことがどうしても気になってしまい、まったく絵に集中できないでいるのを、その当人に簡単に気付かれてしまったということなのだけど。
「そうだよ。俺のことさっきみたいに思う前にさ、自分の実力もっと磨けよ。宮原の感性っておもしろいじゃん」
田中はそう言うと私の絵を指さし、「この辺の感じがいいよ」と言った。それは、丘の上に立つ一本の大木を取り囲む、梅雨独特の寂しげな空の色。……その白みがかった灰色の空には、変わりやすい天気を表すように青い空が隠れ見え、そこから大木に向かい、いく筋かの光が差し込んでいる。その部分は、なかなか良い感じを出せたと自分でも少しだけ自信のある部分だった。
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