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この間の出来事は、私と田中の関係を、以前とは違うものに変えるきっかけになったような気がする。部活では田中が私の隣に来て絵を描くことなんてごく当たり前にしていたことなのに、最近は、隣に来られると落ち着いて絵を描くことができなくて。……田中は田中で追い打ちをかけるように、私の横で、絵の進み具合を度々チェックするものだから、益々集中できなくて。……たまらなくなった私は、田中が席を外した時を見計らって、同じ美術部の上村さんの横に移動し、そこで描くことにした。
「あれ~、どうしたの? 仲良しのお二人さん」
上村さんはたまにこんな年寄りじみたことを平気で言うおかしな子だ。同じ美術部の三年生で、一年生の時からの長い付き合いになるが、未だに良く掴めない子だ。でも、美術部員の中では一番気が合い、私はとても好感を持っている。黒縁眼鏡に真っ黒なおかっぱ頭。小柄で、どことなく昭和のイメージが漂う感じが私は好きだったりする。性格は、おとなしそうに見えて、ちゃんと自分の考えをしっかり持っているところがすごいなと感心する。そんな上村さんを前にすると、私はいつも心がホッとする。頼りになる肝っ玉母親さんと一緒にいるような安心感を覚えるからだ。
「別に。なんか脇でごちゃごちゃうるさいから移動したの。ねえ、上村さん。今度の美術展に出品する絵ってもう決まっちゃってるの?」
私は話をすり替えるために、その話題をいきなり口にした。
「さあ、どうだろう。まだだと思うけど。松浦が田中君と打ち合わせしてるみたいだから、いつも通り松浦のお気に入り、美術部のエース。我らが田中君は出品するんじゃない? でも、あんまり進んでないみたいね。彼、調子悪いのかな?」
「え? そうなの?」
私はそんな田中の不調にはまったく気づかなかったから、上村さんてなかなか鋭い人なんだと感心した。
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