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「はぁはぁはぁ……っ…ゲホッ……はぁはぁ……諦めたか……」 ゾクゾクとした感覚が消えて呼吸を整え辺りを見回す。 「どこだ……ここ……」 見たことの無い景色に呆然とする。 アパートに向かっていたはずなのに、気がつけば知らない場所に来ていた。 目に付くのは大きな川と赤い橋。 そして…… 「人……だよな……」 橋の上に立つ女。 ゾクリとした感覚がないから生きている人間なんだと分かり、橋に向かってゆっくりと近づく。 そして僕に気づいた女はニコリと笑い…… 「こんばんは、櫻田さん」 と言った。 腰までとどく長い黒髪。 品のある立ち振る舞いに、可愛いと美人を足して割ったような顔をしている。 「なぜ僕の名前を知っている」 「同じ大学の学生ですから。それに櫻田さん有名ですし」 同じ大学なら納得する。 勝手に有名にされても困るが。 「私は桐生美月と申します」 「……櫻田恭平」 「ええ、存じております」 クスクスと笑いながら答える桐生。 今時の女には珍しく、古風な喋り方をする。 僕から目線を外した桐生は、川を眺めていた。 つられて川を見るが、特に変わった所も珍しい物もない。 暗くなり橋にポツポツとある街灯以外は明りもなく、音のみが川の存在感を主張しているようだった。 「こんな所で何をしてるんだ?」 「少し用事がありまして。櫻田さんはどうしてここへ?」 こんな変哲もない場所に用事って何があるんだ。 まあ、僕も普通の人には見えないモノに追いかけられましたなんて言えないが。 「アレに気に入られているようですね」 そう言って桐生が指差す方を向くと、居酒屋で見た女が橋の手前に立っていた。 「なっ……!!」 まさか気配に気がつかなかったなんて! 下を向いたまま動かない……近寄ってくるような感じはしないけど…でも逃げないと!! 「お待ちください!」 踵を返し走り出そうとすると、桐生に手を掴まれた。 そしてニコリと笑って言う。 「アレはここには来れません。私がいますから」 「あんた一体……」 僕と同じモノを見て、それで逃げなくてもいい術(すべ)を持っているのか?
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