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頬を掻きながら苦笑した茶髪の青年は「とりあえず珈琲でも飲む?」と言った。
千鶴は小さく首を横に振る。珈琲の苦味が苦手だった。
妹には味覚が子供だと笑われるが、あの黒色の液体を有り難そうに飲む人たちをまるで理解できない。
焦げたパンのような味に感じるのは、自分の舌がおかしいのだろうか。
「えっと」
メニューを探す千鶴の眼前に青年がキャンパスノート差し出した。
「それがメニューなんだよ。うちの店長、かなりの痛い人でさ。日替わりなの」
首を傾げながらノートを開く。中には筆圧の強い文字で英語が書かれていた。
千鶴は辛うじて読めたオレンジジュースを頼んでカウンター席に腰を掛ける。青年は奥へと消えていった。
視線の先にあるスピーカーからは『家路』が流れている。
店主ではないらしいが物腰の柔らかな青年のお蔭で、千鶴の心臓はいくらか大人しくなっていた。
目を瞑ると小学生だった頃の澪の顔が浮かんだ。
「……どうして」
因果応報、自業自得。
自分を責める言葉は幾らでも見つかるが、澪が”あのような凶行”に及ぶなんて思ってもみなかった。
当然だとは思う。それだけのことを自分たちは澪に行ってきた。
でもまさか――殺されるなんて。
「ひゃ――っ!?」
突然頬に触れた冷たい何かに、千鶴は大きな声で驚いた。
それが結露で濡れたグラスだと知って耳が熱くなる。
「いや、ごめん。そんなに驚くとは思わなくてさ」
「こちらこそごめんなさい」
千鶴は頭を下げてオレンジジュースを受け取った。
昨晩は恐怖で何も喉を通らなかった。一睡もできなかった。
記憶があやふやだがたぶん一日ぶりの水分摂取だ。普段なら五百円のジュースなんて別の意味で喉を通らなさそうだが一気に飲み干した。
「でもあれだね」
青年は柔和な笑みを浮かべたままそんな風に切り出した。
「あまり人をイジメるようなタイプには見えないんだけどね」
青年の中性的な顔に貼られたその笑顔が、自分を責めるモノだと理解して千鶴は途端に泣きたくなった。
でも泣けなかった。それだけはしてはいけないと思ったからだ。
自分は被害者ではなく加害者なのだから、泣くのは違う。 澪は懺悔でもするかのように、これまでのことを語った。
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