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 タツオはまだ十六歳の進駐官養成高校1年生だった。世界が破滅の縁(ふち)に立つとき、いったい自分になにができるというのだろうか。大人たちには最優秀な毒虫の一匹として扱われているに過ぎない。落ちぶれた名家の二男坊として、どう進駐軍を正し、日乃元の未来を救えばいいのか。  タツオが屋上に通じる踊り場で呆然(ぼうぜん)としていると、白い布が目の前に迫ってきた。サイコが突然抱きついてきたのだ。反射的にサイコの引き締まった背中を抱いた。タツオの胸に東園寺家の娘の柔らかな乳房が当たる。 「タツオにも、お兄ちゃんにも、死んで欲しくない。タツオ、生きて」  タツオは思い切りサイコの身体を抱き締めたかった。ここで幼馴染みを抱ければ、どれだけいいだろうか。それが可能なら、たとえ今日の午後死んだとしても悔いは残らないかもしれない。
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