Lost Christmas

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トロッコが鉄の擦れ合う音を一層高くしてその動きを止めると、ヘルメットを被った一人の男がこちらへとやって来た。 「お待ちしておりました! 平松教授」 男は興奮した声で平松の名を呼びながら小走りで近付き、トロッコの放つライトの明かりの中に入ってから慌てたように高杉龍平に頭を下げた。 平松にはこんな場所に出入りする事のできるような知り合いはいないはずだ。 だが、この男の声には聞き覚えがあった。 最近ではない。 他人の顔や名前を記憶するのが得意な平松は、人の声も一度聞けばしばらくは顔や名前とすぐに一致する。 平松は記憶をたどりながら、ライトの明かりの中で顔を上げる男を観察する。 ヘルメットの下から現れたのは、痩けた頬に濃い口髭、分厚い二重瞼が特徴的な男の顔であった。 「錦戸博士……」 平松は目を丸くして男の名を呟いた。 男は日本の生物学界の第一人者である錦戸欄成生物学博士であり、専門は違えど、学会に顔を出す者でその名を知らない者はいない。 今、錦戸は研究のかたわら、関西にある京西大学で特別顧問も務めていたはずである。 平松は今まで錦戸との直接の面識はなかったが、考古学と生物学とは切っても切り離せない仲であり、錦戸の論文は幾つも読んだ事があった。
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