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「じゃあ、あたしもトイレ借りてこようっと」
時間も時間だけに他に客がいる気配もなく、駐車場にあるのも自分達の車だけだ。
ドアを押し開くと、おなじみの電子音が来客を報せて鳴り響く。
こんな時間に客が来る事も稀なのだろう。奥からお顔を出したのは、くたびれた雰囲気の初老の男性店員だった。
「──いらっしゃいませ」
聞き取りにくい低い声で告げる。
「あの、トイレ貸して下さい」
店員に声をかけると、指差された方へ女は姿を消した。男は飲み物を購入しようと、ドリンク・コーナーへ足を進める。
眠気覚ましのためのブラックコーヒーと、連れのための紅茶を運び、レジへと向かった。財布の中の小銭を確かめながら、商品をレジ袋へ入れる店員に話しかけた。
「ちょっと聞きたいんですけど。どっかここら辺に、『心霊スポット』とかってないですかね? もしもあったら、教えてもらいたいんですけどね」
支払われた小銭をレジへ仕舞った店員が、男の言葉に顔をあげた。その表情は店の照明のせいなのか、心なしか青白く見えた。
「『心霊スポット』ですか? そうですねぇ、あんまり聞いた事はありませんが」
そんなやりとりをしているうちに、トイレに行っていた女が戻って来た。
「ほらぁ。ねえ、やっぱり帰ろうよ」
楽しみがなくなったと思ったのだろう。一気にテンションの下がった女は、男の腕を引っ張って店を出ようとする。
「まあまあ。『心霊』っていう程のモンじゃないですが、それなりの場所ならありますよ」
二人の様子が険悪になりそうなのを感じ取ったのか、店員が口を挟む。
「どこですか?」
男の方も、これ以上彼女の機嫌が悪くなっては叶わないと思ったのだろう。店員の助け舟に飛び乗った。
「ここから、そう遠くないですよ」
そう言って、店員は聞かれた場所までの道を教えてくれた。
「この道は一本道だから、間違える事はないと思いますけど」
聞いた限りでは、複雑な場所でもない。
三十分とかからず辿り着けるだろう。
「ありがとう」
あまり乗り気ではないらしい彼女の背を押して、男はコンビニを後にした。
「ねえ、本当に行くの?」
車に乗り込み、男の手から紅茶のペットボトルを受け取ると、キャップを爪で引っ掻きながら女は言った。
「もういいよ、帰ろうよ。さすがに時間も遅いしさ」
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