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女が指差して見せたのは、台風などでやられたのであろう、途中で折れてしまった大木の幹と、そこに設置された『スピード落せ』の標識。男の記憶にもあるそれは、二人が立ち寄った店の場所がこの辺りである事を教えている。
「もう、お店閉めちゃった……とか?」
女が、さもありそうな事を口にした。
町中でこそ「二十四時間営業」が定着しているが、夜間は閉めている店がない訳でもない。特に利用者の少ないこんな場所では、夜間店を開けているだけで電気代も馬鹿にならないだろう。
「まあ、そうかも知れんけど──。でも、看板の電気とかも消すもんなのか?」
スピードを緩めて、ゆるゆると車を進める。
「あ、ね、あの柱って、コンビニの看板じゃない?」
女の示した方を見れば、山道には不似合いな柱が立っている。よく見かける、店舗の看板が乗った鉄柱のようだ。しかし看板はなく、アクリル製のプレートが抜け落ちた枠組だけが、光を灯す事もなくしがみついている。
「──いや、だって……。さっき来た時は、ちゃんと光ってたじゃんよ。違うだろ」
「でも、他に見てないよ、あんな柱」
よくよく確認すれば、鉄柱の側に建物らしき影がある。前のスペースは駐車場なのか。
ハザードを出して路肩に車を停め、男はドアを開けた。
「……ここだ」
周辺を見回して、呆然と呟く。それにつられて女も車を降り、恋人の近くへ行った。
だが、二人の前にあるのは──。
古ぼけて錆の浮いた鉄柱と朽ちた鉄枠。以前には営業していたであろう、建物の残骸。
「なんで?」
「俺達、さっき寄ったよな? ここで買い物したよな?」
昨日、今日、閉店したと言う感じじゃない。少なくとも数年は経っている。
「だってあたし、トイレ借りて。店員さんと話だって……」
「そうだよ。俺、店員に金払って、『心霊スポット』の場所聞いたじゃねぇか。なのに何で、こんなんなってんだよ!?」
男も女も、目の前に突きつけられた現実にパニックを起こしていた。
残った外郭から、そこがかつてコンビニエンスストアとして営業していたらしい事は想像出来た。独特の平屋型の建物に、大きな嵌め殺しのガラス窓、店名の掲げられていたはずの枠組。すでにガラスは粉々に砕かれ、店内に放置された大量のゴミやガラクタと一緒に散乱している。
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