15人が本棚に入れています
本棚に追加
枠の中で光を放っていた電灯も今はなく、鉄の部品が時の重みに負けたかのようにねじ曲り、へし折れている。
どう考えても、先刻立ち寄った店とイメージが重ならない。それでも、ここだ。ここなのだ。
「どうして、どうしてなの!?」
「俺に聞くなよ! 俺に分かるはずないだろ! 俺の方が聞きたいぐらいだっ!!」
ヒステリックに叫ばれた女の問いに、自身も怒鳴り返しながら男は両腕を振り回した。しんと静かな深夜の山中に、二人の声が響き渡る。
「ここで買ったんだよ! 何年も前の話じゃねぇだろ。たった、三、四十分かそこらの話じゃねぇかよ! なんでこんなんなってんだよ!? おかしいだろ? おかしいよ、なあ!?」
激昂した男は、乱暴な足取りで店に──店だった廃墟に──近付いて行く。恐らく中に入ってみるつもりなのだろう。
「やめて! もう、いいよ、帰りましょう? こんな所に、これ以上いたくないよ。何だか分かんないけど、分かんなくていい。何も知らなくていいから、ねえ!」
振り向けば、恐怖のためか興奮のためか、涙ながらに訴えている女がいる。足が震えているのだろう。上手く体の重心を支えられていないようだ。
そんな彼女の様子に、男の頭に昇っていた血がスウッと引いていくのを感じた。次に心を支配したのは、恐怖。
目の前にある事象の不自然さに、アドレナリンの放出が止まった脳がやっと気付いたのだ。
「あ、ああ、うん──」
途端に、体中に震えがくる。背中を向けている廃墟から、得体の知れない「何か」が今も自分をじっと│窺≪うかが≫っているような、そんな気すらしてくる。
どちらからともなく走り出し、エンジンをかけっ放しにしておいた車のドアを開けた。
あたふたとシートに腰を下ろし、再度ドアに手を伸ばしかけた女が、短く悲鳴をあげた。
「ヒッ!」
何事だと目をやれば、女は口元を片手で押さえ、もう一方の手でドアを指差している。──否、ドアのドリンクホルダーに入れられた「モノ」を、だ。ソレを見て、男も言葉を失くす。
「──っ!?」
ドリンクホルダーに入っているのは、目の前のコンビニで買い求めた紅茶のペットボトル。男が女に手渡し、車内で口をつけたソレは、中身を三分の一程残してホルダーに収まっている。──どこかに放置されたまま、数年が経過した事を物語る有様で。
「あ、あたし、コレ、飲んだよね?」
「ああ……お、俺も飲んだ」
最初のコメントを投稿しよう!