第1章

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 カラカラに乾いた口の中に貼り付いた舌を懸命に動かし、男が答えた。視線を移して運転席側のドリンクホルダーを見れば、自分で買ったはずの缶コーヒーが収まっている。 「──ぐぅっ!」  思わず口を押さえる。  ホルダーに入っていたのは、パッケージ│塗装≪とそう≫も│剥≪は≫がれ、むき出しになった地に│錆≪さび≫が浮き、飲み口などは│腐食≪ふしょく≫によって変色し朽ち果ててしまった……空缶の残骸だった。 「げえぇっ!」  堪え切れずに、胃の中の物を吐き出す。助手席側からも、女の吐いている声と音が聞えた。  あらかた腹の中にあった物を出してしまうと、男は口元を拭って体を起こした。震える手を伸ばし、ホルダーの空缶をつかみ出す。その何とも言えぬブカブカした感触に、全身に鳥肌が立つ。気持ち悪さに耐え、手にした缶を投げ捨てた。 「そんな──そんな気持ち悪いモン、捨てちまえ!」  体を二つに折っ荒い息をついていた女は、男のその言葉にカクカクと首を振った。穢らわしいモノに触れるように恐る恐る手を伸ばし、しかし最後の数センチを残して止まってしまった。 「早くしろっ! 捨てんだよ!」 「でも──だって──」 「早くっ!!」  男の叫びに、女は目を閉じて大きく息を吸い込み、一気にペットボトルをホルダーから抜き取り、闇の中へ投げ捨てた。 「よしっ! 行くからな!」  力を籠めてドアを閉めると、ライトを点ける。その光の中に浮かび上がったのは──。 「もう、お帰りですか?」  見覚えのある制服のジャケット。うつむき加減の青白い顔。生気のない低い声。  あまりの事に、すでに声を出すことも出来ない二人の前に立っているのは、コンビニで『心霊スポット』への道を教えたあの店員だ。 「ああ、せっかく教えて差し上げたのに、目的の場所まで行かれなかったんですね? 残念だなぁ。あなた方なら、と思ったんですが」  うつむいた店員の口元が、不吉に歪む。いや違う。笑ったのか? 嘲笑ったのだ。 「なんだよ、コイツ。何、言ってんだよ?」  全身を走る震えが止まらない。気持ちの悪い汗が噴き出して来る。 「あなた方がね」  ヘッドライトの光の輪ギリギリの所に、何かがいる。その正体が何であるかなど、知りたくもない。 「仲間になって下されば」  ギシッと車体が鳴った気がした。ペタペタと窓ガラスに触れる音がする。
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