第二夜 金曜深夜のお客様

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 ゆっくりとトイレに入って用を足し、さっぱりした気分で店内に戻ると同時に、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。 「いらっしゃいま……せ……」  反射的に声をかけて入口の方へ顔を向けるが、自動ドアが開いた気配はない。もちろん、人の姿もない。 「何だ? センサーの誤作動か?」  ごくまれに、自動ドアの外の人影などに反応する事があると聞いた記憶がある。きっと、それだろう。気にしない、気にしない。  気持ちを切り替えようとすれば、今度は菓子コーナーの袋入スナックが音を立てて棚から落ちた。積み方がマズかったのかと見てみれば、ソレは一番上の棚ではなく、二段目の棚から落ちていた。  何かの弾みで落ちるような場所ではない。現に、他の商品はキチンと所定の位置に収まっている。どう考えたって、自然に落ちるようなモノではない。  手にした袋を棚に戻す。と同時に、今度は雑誌コーナーで音がする。目をやれば、平積みにされていたはずのマンガ雑誌が崩れ、床に散らばっている。まるで誰かが、わざとそうしたように。  こんな事が起こるはずがないんだ。なぜなら、崩れた雑誌の山は通路手前側に積んであった山ではなく、その奥にあった山なんだから。  何だ? 何が起こってるんだ?  散乱している数冊のマンガ雑誌を直していると、再び来客を告げるチャイムが鳴る。心臓に悪い程の音量で響くその音に、ビクッとしながら顔を挙げる。  もちろんそこには──誰もいなかった。自動ドアも閉じたまま。  俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。  これだ。──これが「金曜の夜にはバイトに入らない方がいい」と言われる原因なんだ。そう気づいた途端、店内の温度がグンと下がったような気がした。足元から気持ちの悪い震えが上がってくる。  呆然と立ち尽くしている俺の耳に、店内を歩き回る足音が忍び込んできた。せかせかとした足音ではない。ひどくゆっくりとした……そう、足を引きずるようにして歩く音。  今、レジの前にいる。ソレは耳障りな音を立てながら移動している。  あの棚の角を曲がれば、俺まで一直線だ。そう思った瞬間、三度、対人センサーがチャイムを発した。ハッと我に返る。  いる。あそこに、いるんだ。  意識が脳に命令する前に、体の方が先に動いた。  拾い上げたまま持っていた雑誌を放り出し、事務所へ駆け込んだ。もしかしたら、何事か叫んでいたかも知れない。
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