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先程と同じ事を繰り返しながら、女の目が近付いて来る。と、再び画面にノイズが走った。だがその乱れはすぐに治まり、女の輪郭がより鮮明に、より立体的になった。
「っつ!?」
モニターの置かれた机から離れようとした弾みで、椅子のキャスター部分に足を引っ掛け、無様に転んでしまう。深夜の事務所に騒々しい音が響き渡った。
顔が……女の頭部が、狭いモニターの枠から出てこようとしている。
ラップか薄いビニールの膜に顔を押し付け、無理矢理引き伸ばせば、丁度こんな感じになるだろうか。
わずかな隙間にねじ込んだ女の右手が、画面を突き抜けて俺の方へ伸ばされる。いびつに歪んだ指が、空を掴もうと蠢く。部屋の中一杯に、強烈な異臭が充満した。
「ぐうっ……」
鉄錆じみた臭い、肉の腐った臭い、すえた汗の臭い、時間の経過した衣服の臭い。それらが混じり合い、濃縮されたみたいな、堪らなく不快な臭気。
モニターから抜け出そうとする女が動くたびに、臭いが強くなる気がした。あまりの臭気に胃液が逆流する。鼻と口を手で押さえ、もつれる足を支配しようと懸命になるが、まるで脳からの指令を拒否する如く、思い通りには動かない。
ただやみくもに、床や椅子、机の脚を蹴るばかりだ。
すでに女の頭部はモニターから完全に抜け出し、肩の辺りまで現れていた。自由になった首を巡らし、床の上でジタバタしている俺を見下ろす。
『ドウシテ、アナタハ生キテルノ? アタシトオンナジナノニ。ズルイワ、ズルイ』
女が口を開くと、異臭は耐え難いものになる。膜がかかったように白濁した目が、俺を捉えて離さない。
「う……あ……あああぁぁぁっ!!」
女の肩が、ぐぬりっ、とモニターから抜け出たと思うと、あり得ない長さに上半身が伸びた。ねじれた指が俺の方へ向かって来るのを見て、麻痺していた喉から、ようやく声を出す事が可能になった。
『ネエ、アナタモ逝キマショウ。アタシト同ジ所ヘ。生キテイタッテ、仕方ナイデショウ? イイ事ナンテ、何モナイジャナイ』
腰から下は、まだモニターを抜けてはいない。だが女の体は、柔らかいゴムか何かで出来ているみたいに、床の上にいる俺の方へ伸びてくる。
「く、来るな! 来るなぁ!!」
言う事を利かない両足を拳で叩き、叱りつけながら動かし、どうにかして女から逃げようと試みる。
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