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『ドウシテ逃ゲルノ? ドウシテ生キテルノ? アタシト同ジクセニ! アナタダケ、ズルイジャナイ!』
俺を見ている女の目が吊り上がった。鉤爪の形に曲げられた両手が、体でも衣服でも、捕えられるモノを求めている。
『アタシト同ジクセニ生キテルナンテ、ズルイ! ズルイズルイズルイズルイズルイズルイィィィィィィィィ──ッ!!』
「うあぁぁぁぁぁ──っ!!」
足を動かした拍子に、ズボンの裾が女の手の届く範囲に入ってしまった。そのチャンスを相手が見逃してくれるはずもなく、想像以上の素早さで、俺のズボンの布地を掴んだ。
数本の指があらぬ方を向いているとは思えない程に強い力で、ガッチリと布地を掴んで離さない。
「離せよ! 離せ! 触るな! 離せよ! 離せってば!」
壊れたCDのように同じ言葉を繰り返しながら、女の手を蹴りつけた。だが、そんなものではビクともしない。ジーンズの生地を伝って、上半身へにじり寄ってくる。
『ズルイズルイズルイズルイ──』
女の顔に浮かぶのは、嫉妬と羨望、そして憎悪。渦巻く負の感情が、掴まれた箇所から俺の内側へ流れ込んで来るような気がした。
「う……うあ……あぁ……」
体の芯が冷たくなって、痺れてくる。頭がジンとして、何も考えられなくなっていく。全身から力が抜け、ただうめく事しか出来ない。
そんな俺を、悪意滴る目で見据えながら嗤う女はヘソの辺りに手をかけた。体に流れ込んで来る冷気が、一気に勢いを増した。意識が白く霞んでいく。
俺は──堪らず、意識を手放した。
「……君。──木下君! おい、大丈夫か? 木下君!」
体を揺さぶられ、大声で自分を呼ぶ声で気が付いた。薄く目を開けば、怖いぐらいに真剣な顔でこちらを見ている笹村さんが。
「う……あ……さ、笹村さん……」
頭を振って起き上がろうとする俺を、彼が支えてくれる。
「そうだ! 笹村さん、女は!? ここに女がっ!!」
あの異様な光景を思い出し、俺はパニックになりかけながら周囲を狂ったように見回す。支えてくれる腕を払いのけ、暴れ出しそうになる俺を逆にガッチリと捕まえ、笹村さんはなだめてくれる。
「大丈夫だ。誰もいない。しっかりしろ、大丈夫だから」
「誰も? 誰もいなかったんですか?」
その言葉に必死になってすがろうとする俺を、笹村さんはしっかりと見据えて言ってくれた。
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