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俺は普通に接しているんだけどな。周りの人間にとっては、鼻持ちならないヤツだと映るらしい。
家を出て新居を決めるにあたり、これまでの俺を知る人間がいない事。それを第一条件にした。今更、俺の事を知っている連中の近くで暮らしたくない。
だから、このコンビニに買い物に来る客の中にも、バイトに入る人間の中にも、俺を知っているヤツはいない。
ここでの俺は「常連客から夜バイトに入った木下君」だ。今の俺にとって、それだけで充分だ。
学生時代特有の馴れ馴れしさはなく、適度に距離を置いた人間関係は、とても心地良い環境だった。
「木下君、そろそろ棚の方、見てもらってもいいかな?」
俺の指導係になったのは、去年からここのコンビニでバイトしていると言う笹村さん。俺より二つか三つ年上か? 気さくで面倒見のいい人だ。
「はい」
店のカゴを手にして、俺は弁当コーナーの商品をチェックした。
この店では、夜の十一時に最終の納品が入る。陳列は夜中バイトの仕事だが、それまでに消費期限、賞味期限をチェックしておかなくてはいけない。
「木下君てさぁ、この辺出身の人?」
棚を覗き込んでいる俺に向けて、レジで小銭の精算をしていた笹村さんが声をかける。
六時頃から九時前までは断続的に客が入るので、割と忙しい。だが九時半を回ったこの時間帯は、客足も落ち着きホッと一息つける。
「いえ、三ヶ月前に越して来たんスよ」
「そっか。じゃあ、新市民さんだな」
そう言って、俺の方を見てニカッと笑う。色々、根掘り葉掘り聞かれるのかと思って身構えていた俺は、その表情にちょっと肩透かしを食らったような気がして、どんな顔をしていいのか困ってしまった。
「来週から夜中のシフトに移るんだって?」
「ええ。元々、夜中のバイトに募集かかってたんで。ですから、笹村さんと一緒のシフトって、今週一杯なんスよ」
弁当のコーナーから惣菜の棚に移動する。
「こないだ辞めちゃった小倉さんの交代要員か」
「何だか、急に辞めちゃったとかで、店長もずい分困ってたみたいスね」
「んー、まあね。小倉さんの気持ちも、分からないでもないけどなぁ……」
笹村さんにしちゃあ、珍しく歯切れが悪い。
「店長と折り合い悪かったとか?」
「あー、そう言うのとは、ちょっと違うんだよねぇ」
何だよ、気になるな。更に詳しく聞き出そうとした時、来客を告げるチャイムが鳴った。
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