第二夜 金曜深夜のお客様

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「いらっしゃいませー」  それに呼応するように、店の電話が鳴る。  結局その時は、笹村さんに話を聞けないまま終了の時間を迎えた。時計の針が十時を回ると、夜番に入るためにやって来た店長と交代する。俺のお試し期間が終わるまでは、店長が夜番に入っているらしい。  店内の床をモップ掛けしていた店長に挨拶して、仕事は終わり。  ポケットの中の小銭を確認し、自販機で缶コーヒーを買う。商品を取り出そうと体を屈めた時、背後で自転車のブレーキ音がした。 「笹村さん、お疲れ様でした」  振り返ると、自転車にまたがった笹村さんが俺を見ていた。 「木下君さあ、出来るなら金曜日の夜のバイト、入らないようにした方がいいよ」  そう俺に言った笹村さんの表情は、とても冗談で言葉を返せる程軽くはなかった。 「金曜日……ですか? 何でなんです?」  俺の質問は、もっともだろう? だって具体的な話は、全然出て来ないんだぜ? 「金曜日の夜番……入るなって言ったってなぁ。辞めた小倉さんって人の代わりなんだろうから、そう言う訳にもいかんだろーし」  遠くなって行く笹村さんの後ろ姿を見送りながら、俺は独りごちた。 「じゃあ、木下君。来週から夜番、頼むよ。これ、シフト表ね」  研修期間と告げられていた二週間目。俺は店長からシフト表を手渡された。  細かい文字がプリントされたコピー用紙に視線を落せば、「木下」と記された欄に付けられた印は、水曜、木曜、そして金曜。 「──金曜……ですか?」  笹村さんから聞いた話が、脳裏に甦る。 「ん? 金曜がどうかした? どう言う訳だかね、ここのスタッフは皆、金曜に入るの嫌がるんだよ。やっと引き受けてくれた小倉さんも急に辞めちゃったし。本当に困ってるんだよねぇ」  店長は銀フレームの眼鏡を指先で押し上げながら、木下君、何か知ってる? などと声をかけてくる。 『金曜日の夜バイト、入らない方がいい』  笹村さんは、そう言っていた。  きっとこれまでにも夜番に入ったバイトの人達から、店長に何かしらの相談があったんじゃなかろうか? けどまあ、俺だって漠然とした情報しか持ってないしなぁ。俺の方が教えて欲しいくらいだって。 「いえ、別に何も知りませんよ。俺、越して来てから、まだ日も浅いですし」 「そっかぁ。そうだよね。それじゃあ、よろしく」
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