第二夜 金曜深夜のお客様

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 着替えて店に出ると、先にシフトを知らされたバイトの女性が俺を見ていた。まあ、何とも形容しがたい表情で。 「木下君、金曜入るんだ?」  小声でかけられた言葉に、俺も思わず小声で返してしまう。 「そうみたいっスね。そもそも、小倉さんの代わりなんで、当たり前っちゃあ当たり前なんスけどね」  立ち話をしている訳にもいかない。俺は床にモップを掛けながら、彼女は棚を整理しながら会話を交わす。 「木下君、これ……」  制服のポケットから小さなお守り袋を取り出して、俺の方に差し出してくれた。 「本当はね、小倉さんにあげようと思ってたんだけど。渡す機会がないまんま、辞めちゃったから。代わりにもらってくれる?」  お守り? 何でンな物が必要なんだ? ツッコミたい部分は大いにあるが、せっかくの好意を無にして人間関係を崩したくはない。  朱い小さな袋に入れられたお守りを、俺はジーンズのポケットに仕舞った。  その日は十時の上がり時間が来るまで、色々と考えた。  金曜日の夜間バイトを、皆が気にするのは何故なんだ? 店長はその噂の実態を知らないようだけど、従業員達の間では暗黙の了解と言うか、共通の「禁忌」として浸透しているらしい。  しかも「お守り」なんてアイテムまで飛び出してきた。何だってんだ、一体?  あの笹村さんの意味深な発言。お守りをくれた女性の顔。この店に何があるってんだ?  まあ、いずれにせよ、金曜の夜になれば分かる事だ。皆が気にする「金曜日」になれば。変な話だけど、俺の中には「金曜日の夜」を楽しみにしている気持ちさえ、あった。  水曜の夜、木曜の夜。何事もなく、俺はバイトをこなす。  自分の都合で夜更かしするのではなく、決められた時間、決められた作業を行わなくてはいけないと言うのは、思いの外、体力的にくるものだった。  まだまだ緊張しているのもあるのかと感じたが、「緊張」という二文字こそ、自分には最も縁遠いモノだったと思い出して苦笑する。  そんなら単純に、一人でやる作業量が増えたり、これまでの生活スタイルが変わったりした事から来る疲れなんだな。  朝六時。早番バイトの店員と交代すると、眠気が満タンになった体を引きずりアパートへ戻る。こりゃ、自転車でも買うか? けど店まで五分程度の場所だしなぁ。
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