第二夜 金曜深夜のお客様

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 ボンヤリとそんな事を考えているうちに、自宅である安アパートの敷地に入る。上着のポケットを探り、取り出した鍵で玄関を開ける。出かける時に閉めたままにしておいたカーテンのために、差し込む光はわずかで、部屋の中は薄暗い。  滅多に陽に当てる事もないため、冷たく固い布団にもぐり込み、食事もそこそこに夢の中へダイブする。まあ実際には、夢も見ない程なんだが。  バイトを始めてから、自分ではこれまで感じた事がないくらい、生活が充実していた。  大概の事は苦労しなくても出来てしまう。それは裏を返せば、自分のやる事に達成感も充実感も得る事はないって話になる。  本人にとっても周囲にとっても、出来るのが当たり前。だから俺には、「何かに向かって努力する」なんて事はなかったし、努力してまで為したい「何か」に出会った事もなかった。  今だって、その「何か」を見つけた訳じゃなかったけど、それでも「自分の手で稼いだ金で生活する」ってのは俺にとって、新鮮で満足出来るものであるのは事実だ。──とは言え、いくら安アパートであっても、週三日のコンビニバイトで全てをまかなえるはずもない。  とりあえず現状はしのげるかも知れないが、先々の事も考えないといけねぇんだろうな。  目覚まし代りの携帯が、枕元でうるさく自己主張している。音のしている辺りを手探りすると、指先に堅い感触。まだほとんど機能していない頭のまま、アラームを止めて時刻を確認する。  大きなあくびをして、ボサボサになっている髪に手を突っ込んで頭をかくと、ノソノソと布団から這い出した。  結局、メシも食わずに寝こけてたんだな。とりあえず、熱いシャワーでも浴びて頭をスッキリさせよう。  狭い風呂場で熱い湯を頭から浴びると、幾分か意識がハッキリする。  今夜だよな、問題の「金曜日の夜」ってのはさ。一体、何が起きるってんだろうなあ?  手早く着替えて、脱ぎ散らした服を洗濯機に放り込もうとした時、ジーンズから何かが落ちた。足元のソレを拾い上げて見れば、数日前にもらったお守りだった。 『小倉さんにあげようと思ってたんだけど』  これをくれたバイトの女性は、そう言っていた。て事は、お守りが必要になるようなイベントが発生するって訳だ。  手にしたソレを、シャツの胸ポケットに仕舞ったのは、何か深い考えがあっての事じゃない。なんとなく──そう、なんとなく、だ。
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