第二夜 金曜深夜のお客様

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 残り物で食事を済ませると、上着を羽織って部屋を出る。五分も歩けば……もう店だ。 「おはようございます」  二台あるレジのうちの片方でレジ締めをしていた笹村さんに、まずは声をかける。  数えていた小銭の山から顔を挙げ、笹村さんは俺の姿を認めて返事をしてくれた。 「ああ、おはようございます」  この『おはようございます』程、俺を戸惑わせるモノはなかった。 「朝の挨拶は『おはようございます』」  挨拶の何たるかを学ぶ時、まず、そう教わるだろ? いくら、その日のうちで一番最初に顔を合わせるからって、夜の十時に出てくる挨拶が「おはようございます」って。  誰かに聞いた話だからウロ覚えだが、とある業界のどっかの社長が言い出したらしいよな。朝昼晩の挨拶の中で、「ございます」と丁寧語で表されるのは「おはようございます」だけだから。なんだそうだ。  んー。まあ、一応納得……かな? 違和感がなくなる訳じゃないけど。  コンビニの制服に着替え、ゴミ袋を手に店の表を掃除しながら、つらつらとそんな事を考える。こんな、どうでもいいような事を大真面目に考えるなんて。どうやら俺は、自分で自覚している以上に「金曜日の夜バイト」を気にしているらしい。  ゴミをまとめて所定の場所に置いて、店内に戻る。笹村さんとレジを交代し、接客をする。何も変らない、いつものバイトの風景。金曜日だからと言って、客の入りに差がある訳じゃない。  ──いや、あるか。翌日から休みになる学生が、雑誌コーナーで立ち読みをしたりする数は多いし、これから出掛けるのであろう着飾った女性客も多い。  あっという間に、納品の時間がやってくる。これだって、いつもより多い。レジが落ち着いた時間を見計らって、商品を棚へ並べていく。  気が付けば、すでに日付けは変っていた。何だ、別におかしな事なんてないじゃんかよ。あんなに意気込んでて、馬鹿みてー。  店内にはチラホラと客の姿が見える。レジ奥の煙草を補充し、空になった段ボールをたたんで外に出す。  時計の針が午前一時半を回る頃には、三人程あった客の姿もなくなり、静かな店内にはスピーカーから流れる音楽だけが響いている。  うしっ。今のうちに少し休憩しとくか。店内を見回し、客の姿がない事を再度確かめる。  一人しかいないから、トイレに行くのにも気を使う。さすがに、客がいる時にトイレに行くのは、はばかられるよなぁ。
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