第四夜 明け方、四分間のタブー

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 ペダルを踏み込む僕の顔に、雨粒が当たる。とうとう降り出したんだ。本降りになる前に、実家に着かなくちゃな。自転車をこぐ足に力を入れる。  急いだ甲斐もあって、雨脚が強くなる前に実家のガレージに滑り込む事が出来た。 『はーい?』  チャイムを押すと義姉の声が応える。 「あ、浩幸です」 『あら、浩幸君。ちょっと待ってね』  数秒後にドアのカギが開き、義姉が顔を出した。 「雨、大丈夫だった? さ、早く入って」  いつも思うんだけど、実家に帰る時に一番しっくりくる挨拶って何なんだろう?  自分の家なんだから「ただいま」でいいのか。それとも兄貴夫婦の家でもあるんだから「お邪魔します」なのか。帰るたんびに迷う。で、結局「お邪魔します」とか言っちゃう訳なんだ。 「浩幸君の家なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに」  そう言って義姉は笑うけど。やっぱり、自分が住んでいた頃とは空気が違う。少しは緊張もするし、遠慮もある。 「日曜日なのに、珍しいわね」 「今日は、バイトの時間が違うんですよ。知り合いに頼まれちゃって」  事情を説明して洗濯させてもらえるか尋ねると、快くOKしてくれた。  洗濯機に汚れ物を放り込み、洗剤を計っているとリビングから声をかけられた。 「コーヒー、飲むでしょ?」 「あ、はい、お願いします」  スタートボタンを押せば完了。後は機械のお仕事だ。 「そう言えば、兄貴と母さんは?」  さっきから姿が見えない。 「康浩さんは、修理に出してた携帯を引き取りに行ったわ。代替機は感覚が違うから使いにくいってブツブツ言ってたから、ようやく静かになりそうよ。お義母さんは買い物。お昼までに行けば、野菜が安いからって」  ああ、あそこのスーパーか。日曜日は昼までに行けば、野菜の安売りをしてたっけ。 「もうそろそろ戻って来る頃だと思うけど。なあに、私と二人じゃ気まずい?」 「いや、別にそう言う訳じゃ。日曜の昼間だから、皆いるかな? と思ってたし」  しどろもどろになりながら弁解するけど、本当のところは少し気まずい。  兄貴と付き合っていた頃から知ってはいるが、「兄貴の恋人」と「兄貴の嫁さん」ではやっぱり違う。  出されたコーヒーを飲みながら、他愛のない会話に適当に相槌を打ち、兄貴か母親のどちらかが早く帰ってきてくれる事を祈った。
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