第四夜 明け方、四分間のタブー

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 早く、早く、早く、早く終わってくれ! このままじゃ、おかしくなってしまう。頼む、一秒でも早く、この時間が過ぎてくれれば!  首をひねって壁の時計を見上げた。もう、随分と経ったような気がしていたが、まだ秒針は天頂を過ぎてはいなかった。  まだか? まだなのか? 早く! 早く!  ジリジリと焦る僕の思いとは裏腹に、秒針の進みは間延びして感じられる。  あと五秒。あと五秒で、この悪夢のような時間から抜け出せる。  あと四秒。まだか? まだ四秒もあるのか?  あと三秒。背中に伝わる振動は消えない。  あと二秒。早く! 早くしてくれ!  あと一秒。頼む!  秒針が──天頂を越えた。断続的に伝わってきていた振動が、消えた。 「──終わった……のか?」  知らず、詰めていた息を大きく吐き出す。気付けば全身に冷たい汗が噴き出していた。手の平で額の汗を拭った僕は、自分の両手が震えているのを目にして苦笑した。 「もう、大丈夫、大丈夫だ。時間が過ぎたんだから。もう、終わったんだ」  ドアに背中を預けて、ズルズルと床に座り込んだ。  大きく頭を振って、数分間の出来事を払い落そうと試みる。  忘れよう。忘れるんだ。こんな事、現実であるはずがない。忘れてしまえば、大丈夫。これから先、夜番のシフトに入らなければいいんだ。  自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。  仕事だ。仕事をするんだ。仕事に集中すれば忘れられる。  立ち上がり、振り向いた僕の網膜に灼き付いたのは──。  白みかけた明け方の空をバックに、ドアのガラスに張り付いた……巨大な顔。ガラス一面にブヨブヨとふやけた皮膚を波打たせた水死者の顔。波打っているのは、皮膚の表面に無数の人面が浮かび上がっては沈んでいるからだ。  藻のように揺れているのは、濡れた髪か。虚ろに見開かれた眼球は白濁し、まるで腐った魚のような色をしている。膨れ上がった舌が、だらしなく開いた口からダラリと垂れ下がり、ドアのガラスを舐めている。 「ぎ……ぐぅっ」  喉の奥に不快なモノがせり上がって、くぐもった声がもれる。それに気が付いたのか、まばたきをしない濁った眼球がグリグリと動く。色を失くした瞳が僕を捉えた瞬間──。  僕の口から言葉にならない叫びがあふれ、そのまま意識を手放してしまった。
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