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第二章
一応、自分の部屋のベッドには潜ったものの、たいして深い睡眠もとれず、竜二はまだ夜のにおいが消えない空気を吸ってベッドから下りた。
チカチカと緑色に光る携帯電話をそのままポケットに入れ、扉の右側にあるシルバーラックまでのろのろと歩いた。
いつもの癖で、ラックの二段目に手を伸ばしてから、そういえば腕時計は修理中だということを思い出した。
伸ばしていた右手を所在なくポケットに突っ込み、竜二は左手で、物音を立てないようにゆっくりと扉を開けた。
廊下の冷えた空気が、服に覆われていない肌に触れ、ぶるりと身震いをする。
ほとんど野外と変わらないのではないか、と思われる程にひんやりとした廊下に出て、竜二は、階段がある方向とは真逆の方向を見詰めた。
麗依の部屋がある方向だった。階段を登って直ぐに竜二の部屋があって、1つ空き部屋を挟み、その突き当たりに麗依の部屋がある。
朝方よく、この廊下で、眠た気に瞼を擦る麗依と鉢合わせた。
「おにいちゃん、おはよう」
誰もが見惚れる程整った顔立ちをした麗依は、そう言って笑った。
顔をくしゃっと寄せて、まるで子供のように微笑む麗依は、「おはよー」と掠れた声で応えた竜二に尋ねる。
「居酒屋のアルバイト、いつ終わったの。帰って来たの、気付かなかった」
雪のように白い素足で、冷たいフローリングを歩き、ふわりと1つ欠伸をする。
「昨日の朝も言ったろ。朝方3時に終わって、4時前には帰ってたよ」
毎朝必ず帰宅時間を伝えるのに、麗依はいつも覚えていない。瑠依のように、食事の準備をするでも、寝る前に玄関のチェーンをかけるでもない麗依は、「そうだったね」と恥ずかしそうに笑ってから、1階へと繋がる階段を下りて行く。
つい、何日か前の出来事だった。
あそこに、もう二度と麗依が帰って来ないことが夢のように感じられた。あの、毎度交わされていたやり取りも、もう二度と出来ない。
二度と、出来ない。
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