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ようやく目を覚ました母親と共に、竜二は大学病院を訪れていた。中退した大学の附属病院なだけあって、見たことのある人間が多くいた。
中には声をかけて来る者もいたが、用事がある場所が霊安室だと知ると、頭を下げて直ぐにその場を去った。
誰が死んだのだとか、どういう経緯でだとか、そんなことは聞かれなかった。
だから竜二は、何も喋らないまま、別棟の霊安室へと向かった。母親は真っ青な顔でただ着いて来るのみで、家を出てから一言も言葉を発することはなかった。
遺体確認後、暫く待たされて、松ヶ崎ではない、知らない刑事がやって来た。
彼は頭を下げ、「この度は」と在り来たりな前置きをしてから、司法解剖を行うことを告げた。
「司法、解剖、って……」
家を出てから、初めて言葉を発した母親は、震える手のひらを口元にあてた。
「まだ、あの子の身体を、傷付けるおつもりなんですか」
竜二は、細い瞳から涙を垂れ流して声を震わせた母親を一瞥してから、小さく溜め息をつく。
「母さん、司法解剖は拒否出来ないんだよ」
諭すように告げると、刑事を見詰めていた母親は、竜二を見詰めて眉を下げる。
「それなら、どうして聞くの」
「手続き上必要なんだよ」
「竜二、貴方、どうしてそんなに冷静でいられるの」
薄いベージュのマニキュアが塗られた爪が、竜二の胸ぐらを掴む。
身に付けた黒いダウンジャケットのナイロン生地が、爪に引っ掻かれて僅かな音を奏でた。
「……母さん」
「麗依がっ!あの子がっ……殺されたのよ!分かっているの?!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔に、怒りだか憤りだか、分からないものが浮かぶ。
竜二は眉間に皺を寄せた。
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