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「男だろw」
一言だけのコメントに反応するかのように、更に次の文字が続く。
「は?女じゃね?w」
「どっちでもいいだろ。上手いことに変わりはない」
「女に一票」
「お前ら耳腐ってんのかwどう聞いても男だろ」
次第に増えていく文字は、画面上部を埋め尽くした。どのコメントがどの順番で発されたのか、画面上ではもはや追えない。
ただ、コメントが増えているのは見ていて分かった。画面中央で唱う人物の黒いフードにも、文字が映り込む。
「男かと思ったけど、確かに女の声にも聞こえる」
「俺は逆。女かと思ってた。でも男かもな」
「ワカンネ」
「だから女だって」
「正直分からんw」
「どっちでもいいって結論に落ち着く予想w」
時間が経過すればする程に、不思議と、性別を断定する声は減っていく。代わりに、もともとの意見を変えたり、そもそも分からない、という声が増えていった。
「この議論に無駄を感じる」
「そんなこと考えるよりちゃんと聞けよw」
「でも気になる。どっちなんだ」
「お前らアホか、神に性別などないw」
そしてそろそろ歌が終わるかという頃、不意にとんでもない声が脳裏を過った。
自分の声だった。朧気な、けれど明瞭に頭に残るその声は、六度も繰り返した曲の合間に何度も聞こえた。
これを、人はなんと呼ぶ。
悪魔の声だ。
僅か二分前に投稿されていたその動画は、ネット上にあらわれた僅か三十分後に消えた。どんな意図かは図り知れないが、投稿者が削除したのだろう。
ノートパソコンの電源を落として、立ち上がる。立ち上がった拍子に、裸足の爪先が、先ほどまで座布団にしていた白いクッションを蹴った。
何処かから、声が聞こえた気がした。自分と良く似た声だった。
頭の中を浸水させるかの如く広がる、あの声と同じ音をしていた。
悪魔の声だ。
友好的なふりをして近付き、美しい笑みを携え自分を陥れる。思いやるふりをして潜り込み、牙を隠して自分を欺く。
多くのものを盗まれた。
多くのものを掠め取られた。
僅かながらに残っていたものでさえ、いとも簡単に奪って行く。
また、その声がした。
それは自分の名を呼ぶ声だった。
そしてそれはやはり、自分という人間を脅かす、恐ろしい悪魔の声だった。
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