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第一章
カタカタ、と。
ガラステーブルが揺れた。その揺れに伴い、テーブルクロスとして敷かれた、純白のレースに黒い飛沫が飛び散る。
色とりどりのフルーツが描かれたコーヒーカップに注がれている液体が、テーブルからの振動を受けて、水面を揺らしたせいだった。
飛び散った黒い液体が、汚れひとつなかったレースに染み込んで行く様を見て初めて、七海 竜二(ななみ りゅうじ)は、その揺れを引き起こしたのが、テーブルに置いていた自身の腕であることに気が付いた。
「……じょ、冗談、でしょう?」
母親の、七海 蘭(ななみ らん)が、奥歯をカチカチと鳴らしながら言った。
「そ、そんな、そんな、どうして?
わ、悪い冗談、だわ。嘘よ、どうして?」
くっきりとしたリップラインに縁取られた唇が戦慄く。
いつもは反論など頭にも浮かばない程、流暢に言葉を並べ立てる母親だったが、今この瞬間ばかりは違っていた。
「ねぇ、貴方、本当に刑事さん?
ほ、本当は、そうよ、テレビ局か何かの方で、そういう趣味の悪い番組とかを」
「……七海さん」
「だ、だって、何なの?どういうこと?れ、麗依が、麗依が、殺された?
なにそれ、意味が、分かりかねるわ」
竜二は、綺麗にマニキュアが塗られた母親の指先が、神経質そうに頭皮をかきむしるのを、呆然と見ていた。
ガラステーブルに乗せたままの腕は、未だに震えている。痙攣と言うには大袈裟なその震えは、やはり白いクロスを汚していたが、そんなことを気に留める余裕はなかった。
レイが、殺された?
なんで?
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