第一章

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「……なんで?」  全く働かない頭で、竜二は問いかけた。  先程、松ヶ崎 瞬(まつがざき しゅん)と名乗った30代前半の男が、一呼吸置いて口を開く。 「現段階で分かっていることを、お話します」  松ヶ崎は、とても綺麗な顔をしていた。高い身長、小さな顔、目尻にかけて尖った瞳は、僅かに朱みが混じったようにも見え、竜二はその色に魅入られた。  竜二の真っ正面に座った松ヶ崎は、しっかりと筋肉のついた長い脚の上に自身の肘をついて、両手を握り合わせる。彼の左手首には、鈍く光る趣味の良い腕時計が巻かれていた。 「今朝早く、散歩中の住民から、近隣の警察署へ、公園にある公衆トイレの様子がおかしいとの通報がありました」  かたちの良い切れ長の瞳が、竜二を見据えた。 「警察官が現場へ向かったところ、3つある個室の一番奥から、県内にある進学校の制服を着た女子高校生の遺体が発見されました。  現場に落ちていた鞄に入っていた学生証や携帯電話から、遺体は七海 麗依(ななみ れい)さんであると断定。  七海 麗依さんが殺されたのは、3日前の1月16日の金曜日、21時半から23時半の間であると思われます。  場所は、此処から1時間ほど電車を乗り継いだ場所にある公園です。  その公園のトイレの中で、麗依さんは何者か殺されました。検視の段階では、死因は首を絞められたことによる窒息死です」  竜二は、ゆっくりとした口調で話す松ヶ崎の瞳を見詰め返した。  薄い唇から紡がれる、非現実的な話が、嘘でも冗談でもないことは直ぐに分かった。  母親がついに、嗚咽を漏らしはじめた。 「は、犯人、は?」  喉をひきつらせるような声で啜り泣く声を耳に捉えながら、竜二はまた尋ねる。  唇から発された音は、どもっていた。 「まだ、現段階では分かっていません」 「わ、分かってないって、なんだよそれ」 「今朝4時頃に、麗依さんの遺体が発見されてから、捜査にあたっています。我々も、犯人逮捕に全力を尽くしているところです」  テレビドラマで聞いたことのある台詞が、松ヶ崎の唇から発された。  思わず眉をしかめた竜二の耳に、柔らかなアルトが響く。 「心中、お察しします。本当に、信じられないお話だと思います。  ですが、犯人を捕まえるためにも、ご協力頂きたいのです。知り得る限りのことを、お話頂けませんか」
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