第一章

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 冷めてしまった珈琲を淹れ直して、竜二は松ヶ崎の前にカップとソーサーを置いた。  ソファーに座りっぱなしの松ヶ崎は、首だけを下げて「ありがとう」と礼を言う。 「お母さん、大丈夫かい」  竜二は、あの後、崩れるように床へ倒れた母親が眠る寝室の方向を一瞥して、自身もまた先程の位置に腰を下ろした。 「頭を打ったわけじゃないし、眠れば平気だと思います。  さっき仰られてた、遺体確認の件ですが、病院に行くのは、母が目を覚ましてからにします。それより」  上体を前に傾けると、ガラステーブルに自分の顔が映る。汚れたテーブルクロスは、珈琲を淹れ直した際に回収した。  朧気ながらも判別出来る自分の顔を見て、竜二はしまったな、と思った。  母親のように倒れてしまうわけにはいかないのに、自分の泣きそうな顔を見た途端に、また腕が震えはじめた。  もう直ぐ帰って来るであろうルイのためにも、俺がしっかりしなきゃいけないのに。 「っ、そ、それより、話、しましょう」  大きく息を吸い込んで、吐き出す。  気を抜けば涙が溢れてしまいそうになるのを、瞼をきつく閉じることで抑える。 「レイのこと、でしたよね。何が知りたいんですか」  前を向いて、瞳を開ける。  ずっと同じ体勢で自分を見詰める松ヶ崎の瞳に、 憐れみが滲んでいる気がして、震える喉を叱咤した。 「なんでも話しますから、必ず犯人を捕まえてください」 「……ありがとう。約束するよ」  強く拳を握り込むと、松ヶ崎は僅かに口元を緩ませてから、咳払いをした。 「まずは、16日のこと、詳しく聞かせてくれるかな」  竜二は頷き、瞳を伏せる。  16日のことなら、おおまかなことは覚えている。大切な、コンクールの日だった。
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