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冷めてしまった珈琲を淹れ直して、竜二は松ヶ崎の前にカップとソーサーを置いた。
ソファーに座りっぱなしの松ヶ崎は、首だけを下げて「ありがとう」と礼を言う。
「お母さん、大丈夫かい」
竜二は、あの後、崩れるように床へ倒れた母親が眠る寝室の方向を一瞥して、自身もまた先程の位置に腰を下ろした。
「頭を打ったわけじゃないし、眠れば平気だと思います。
さっき仰られてた、遺体確認の件ですが、病院に行くのは、母が目を覚ましてからにします。それより」
上体を前に傾けると、ガラステーブルに自分の顔が映る。汚れたテーブルクロスは、珈琲を淹れ直した際に回収した。
朧気ながらも判別出来る自分の顔を見て、竜二はしまったな、と思った。
母親のように倒れてしまうわけにはいかないのに、自分の泣きそうな顔を見た途端に、また腕が震えはじめた。
もう直ぐ帰って来るであろうルイのためにも、俺がしっかりしなきゃいけないのに。
「っ、そ、それより、話、しましょう」
大きく息を吸い込んで、吐き出す。
気を抜けば涙が溢れてしまいそうになるのを、瞼をきつく閉じることで抑える。
「レイのこと、でしたよね。何が知りたいんですか」
前を向いて、瞳を開ける。
ずっと同じ体勢で自分を見詰める松ヶ崎の瞳に、 憐れみが滲んでいる気がして、震える喉を叱咤した。
「なんでも話しますから、必ず犯人を捕まえてください」
「……ありがとう。約束するよ」
強く拳を握り込むと、松ヶ崎は僅かに口元を緩ませてから、咳払いをした。
「まずは、16日のこと、詳しく聞かせてくれるかな」
竜二は頷き、瞳を伏せる。
16日のことなら、おおまかなことは覚えている。大切な、コンクールの日だった。
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