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「失礼します! 栞[シオリ]、数学の課題教えて」
教科書をぼうっと眺めていると、急に部室の扉が開かれた。振り向くと、クラスメイトの東條奏多[トウジョウカナタ]が立っていた。その胸元に、数学の教科書とノートを抱きかかえている。
「宿題くらい自分でやれよ」
「良いじゃんか。困ったときは助け合わんとね。あ、琉歌ちゃん、後で国語のこと聞いてもかまん?」
助け合いって言いますが、毎回俺が教えるばっかりで、お前から何も返してもらってないからな。そんな文句を口にする前に、東條奏多は江戸原琉歌に話しかけていた。国語も聞くのかよ。少しは自力でやれよ。
「え、あ、はい、だ、大丈夫です」
「やった、ありがとう。琉歌ちゃん、優しい。どっかの男子とは大違いだよ」
江戸原琉歌は消え入りそうな声で何とか返事をした。同年代の女子と話すのが苦手らしい。ちなみに俺以外の男子と話しているところは見たことがない。江戸原琉歌の生態二つ目である。にもかかわらず俺への精神攻撃だけは非常に流暢だ。一体何なんだ。
東條奏多が言った「どっかの男子」って俺のことか? いつも何やかんや言いつつ教えてあげているというのに酷い言い草である。感謝はされても、非難される覚えはないのだが。こいつに勉強教えるの止めても良いかな……?
「この部活は、お前に勉強教えるための部活じゃないんだが」
「もう、うるさいなあ。細かい男は嫌われるで。どうせ暇なんやしさ」
一応窘めてみるが、効果はいまひとつのようだ。嫌われるとか関係ないからと言いたいところだが、思春期の男子にとって異性に嫌われるというのは一大事である。青春をドブに捨てる訳にはいかない。暇というのも否定できない。駄目じゃん、この部活。
思わず大きな溜め息が漏れた。部員から日々精神攻撃を受けたり、勉強のできないクラスメイトに勉強を教えたりするつもりは全く無かったのだが、何処で選択を誤ったのだろうか。事の発端である一ヶ月前の出来事が脳裏に浮かんでくるのだった。
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