第1章

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第1章

「――入部届は四月末までに提出するようにしてくださいね。今日の連絡は以上です。日直さん、号令をお願いします」  担任の長谷川薫[ハセガワカオル]がそう言うと、まだ名前も知らないクラスメイトの男子が間延びした声で気怠げに号令をかける。  起立と言われて軽く腰を浮かせ、礼と言われて頭だけぺこりと下げる。傍から見たらみっともない姿なのだろうが、周りの生徒も対して変わりない格好である。高校生にもなって真面目に「起立、礼」をしている生徒は殆どいない。  高校生になってから、日常生活の細かい点を注意されることが減った。小学校や中学校なら、背筋を伸ばしなさいだの、ちゃんと挨拶しなさいだの言われていただろう。特に小学校の先生はまるで子供を叱る母親のようだった。ああ、間違って「お母さん」と呼んでしまった恥ずかしい記憶が蘇ってきた。  ふと、箒を持った男子生徒が目に入る。そういえば掃除の時間である。掃除は嫌いではないが、何事も強制されるとやる気が起きないものだ。勉強しようとしたところで、親に「早く勉強しなさい」とか言われて意欲を削がれるパターンと一緒だ。「お母さん、それは余計な一言だよ」現象である。  今週、自分の班は3階の音楽室の当番になっている。わざわざ階段を上らなければならないのは面倒だが、使われない分教室よりは掃除が楽なので良しとしよう。早く行かなければ、そろそろ先生に怒られてしまう。
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