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一、異変
「速手、起きなさい・・・・」
火見はかたわらで眠っている従者の速手をゆり動かした。
床がゆっくり波打ち、柱や屋根が低い唸りをあげて小刻みに震えている。
「地震だ!」
異変に気づき、速手が跳びはねるように起きあがった。
「ちがいます。またです。今度こそ、何か、探りましょう。身支度なさい」
立ちあがった火見は、何かに髪を引かれているように感じ、髪に手をよせた。ほつれた髪が宙へむかって逆立ち、炉の火明りに、速手の角髪から逆立つ髪が見えた。
速手も髪が気になるらしく、額や首筋の生え際から、髪の根をかきむしっている。逆立つ髪は元にもどるどころか、さらに持ちあがった。
ゆっくり波打っていた床の動きが小さくなった。館の唸りは大気を細かく振動させたかと思うと、耳鳴りのような甲高い音になり、ふっと消えた。板戸の隙間から、夕日に似た光が薄ぼんやりと広間に射しこんでいる。
突然、火見の身体の中で、何かが勝手にうごめいた。強い陽射しを受けたように、頭が熱を持ちはじめた。
「もう、朝でしょうか?」
「まだ、夜明け前です。それに、朝日は南から昇りませぬ!」
光が射しこんだのは南廂の板戸からである。
火見の頭に痛みが現れた。痛みは、一瞬、頭部を駆けめぐって心臓へ移り、胃に留まった。動きを止めた胃は胃液で充満し、内容物が行き場を失い、口をついて出そうになった。
こうした感覚は、不用意に邪霊や悪霊に襲われた時と同じだった。
邪霊や悪霊がいるのか?
火見は心で広間を探ったが、広間には、速手と数人の館人の気配しかなかった。
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