54人が本棚に入れています
本棚に追加
/206ページ
「お館様に知らせます!」
身支度した速手が西廂の妻戸へむかって立ちあがった。そこを出て、北の渡殿を渡れば、館の主、火水彦がこもった鍛冶場である。
「神々の詔ゆえ、何があっても鍛冶場に入ってはならぬ、と言われているではありませぬか」
「ですが、火見様。このような異変は・・・」
速手があきれたように火見を見ている。
「異変かどうか、確かめばわかりませぬ」
南廂の妻戸に近づき、火見はその右にある板戸を開けた。
「いったい、これは?」
火見の肩越しに見える夜空一面に、淡い光を放つ雲や、夕映えの色彩を放つ雲が広がっていた。その中に、ざらついた蛍光を放つ光の垂れ幕が、館の真上から館の南東にある台地状の水上山の真上まで、刻々と色合いを変えてたなびいている。そして、光の垂れ幕から山頂へ、緑とも紫とも言いがたい蛍光の光が、柱となって降りそそいでいる。
「これは、言い伝えに聞く、天浮橋かも知れませぬ・・・」
山頂の真上の淡い光を放つ雲がひときわ大きく紫色に輝き、山頂に降りそそぐ蛍光が数本の緑紫色の輝線になった。淡い光を放つ雲の中から、丸い白紫色の眩い輝きが現れ、輝線にそって山頂へ舞いおりた。眩い輝きが山頂に着くと、水が飛び散るように、眩い光の玉がいくつも麓の村々と東の山間にある村々へ飛び去った。
「お山に、何か舞いおりました!村にもです!行ってみましょう」
板戸を閉じ、火見は現世と幽世の夜の世界を司る月読神に、己と速手と館人の守護を祈り、東の渡殿へ出た。
広間で寝ている館人は異変に気づかぬのか、寝静まったままである。
最初のコメントを投稿しよう!