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十種瑞宝を祭る神殿で、大王はふたたび祈った。高楼で見た物体の神意を高皇産霊大御神に問うたが、心に浮ぶものはもない。
閉じていたまぶたを開くと、神殿に祭ってある布都御魂と呼ばれる神剣・十握剣が目についた。
「神剣とは?」
一瞬、心の中で、神剣を背にして騎馬を操る若者が笑いかけた。先ほど高楼で心に浮んだ若者だった。
大王は祈りを中断して側近の者を呼んだ。
「明朝、伊勢の運脚頭の神城を登庁させよ。登庁した身なりのまま、ここに通せ」
拝殿の南廂の簀子に現れた側近に、大王は言った。
ひれ伏している側近は、いぶかしげに眉をひそめた。
「袍は良いとしても、大王の拝殿に剣を持ちこむこと、まかりなりませぬ」
「そなた、神城の功績を知っているではないか」
大王は側近の前にゆっくり座った。
「そう、仰せになりまするが・・・」
「八咫烏一族はあの国譲りの折、我が先祖の詔を全うした。今は、この大和の租を集め、各地の産物をは運ぶかたわら、伊勢から出雲、日向、越まで、あらゆる出来事を知らせてくれる。表向きは政庁の者ではないが、れっきとした政庁の密偵。我が一族と先祖が同じ神城を、私は信頼している。心配にはおよばぬ」
「一族の功績と素性を知る者は、大王をはじめ、極少数。大王ゆかりの者で大王の密偵であっても、政庁の中には一族を、運脚を生業とする身分卑しき者、と思う者もおりまするゆえ、運脚の頭領が剣を帯びたまま拝謁したとあっては・・・」
側近はさらに深々とひれ伏している。
「何を不安に思うておるのじゃ?」
大王は側近をにらみつけた。
「仕来りにござりまする」
側近はひれ伏している。
「それにはおよばぬ!」
「わかりました・・・」
頭をあげた側近は、不満の残る顔で簀子から立ちあがった。
側近の姿が簀子から渡殿へ消えた。大王は拝殿から神殿へもどった。
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