恋の化学式

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「何か混ぜるなら、生クリームやナッツやドライフルーツ…せいぜいが香りづけ程度の洋酒だろう。」 冷蔵庫や棚から、食材をかき集めようとするる。 とはいえ、そんなしゃれたものは彼女の家には無い。 お菓子作りだなんて無縁だったのだ。 チョコレートの型があるのかさえ疑わしかったが、こちらは事前に用意していた。 果物の缶詰めぐらいしか残ってない…用意が悪い家庭なのだ。 「それらしい食材は無いな…だったら型に流してチョコレートを作るしかないな。 あ、出汁はこちらでもらうぞ…お前が食べられない鍋の材料にしてやる。」 急に風音にとって残酷なアイデアが浮かんだ。 「…ひっ!」 ある事情で鍋料理にトラウマがある風音は、食わず嫌いをしているうち鍋料理が食べられなくなったのだ。 「鱈ちり鍋を食べたらチョコレートを食べてやる。」 残酷な交換条件だった…風音は笑顔のままだが、内心凍りついているだろう。 「え…いや…。」 戸惑う彼女の痛みが見えてくるようだ…触れるでもなし、そばにいるだけなのにな。 恋は化学でも計算でもない。 だが、駆け引きと取り引きは必要である。 風音の心が激しく揺り動くさまを見ていると、もっと動かしてみたい気もするのだ。 知性のかけらもないが、ひたむきかつ一途で義理堅い彼女は次はどんな姿を見せてくれるのだろうか。 「ん…食べて…みる。」 ほら、すぐに動いてくれる。 自分の想いを貫けない自分に多少悔しさを滲ませ…それでも私への想いにつき動かされる。 ひたすら素直で…甘い反応。 けれど、裏切ることはない安心感。 風音、お前は今まで多くの想いを背負ってきたはずだ。 死した人間の恨みを聞けるお前なら、なおさらな。 だが、その呪縛ももうすぐ終わる。 死した人間の恨み…死した人間の嘆き…そのすべてが望むのは己を悼んでくれること。 だから、もう十分…お前は次こそは幸せに…。
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