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「……ダメですよ、そんな声出しちゃ」
熱を帯びた声で拓海君が言う。
「止まらなくなっちゃいます」
服の上から、遠慮を失くした彼の手が胸を揉む。その感触は確かに男のもので、ルックスとのギャップがさらに私を惑わせた。
「っ、離し……」
このままでは取り返しのつかないところまで行ってしまう。けれど、身をよじらせても力では敵わない。
「も、……やめてっ……!」
拓海君に私の声は届いていない。服を引っ張っても離れるどころか、なおさら二人の隙間を埋めた。服越しに伝わる彼の早鐘が、私を熱く突き続ける。考えをめぐらせようとするも、次々と与えられる刺激に思考はまとまるはずもなかった。
もう私じゃダメだ。
せめて、誰かが助けに‐‐
「御堂島さん……!」
そして私は、無意識にその名前を口にした。
想像以上に、効果は絶大だった。拓海君の動きはぴたりと止まり、ゆっくりと身を引いた彼からは、急速に先ほどの熱が失われている。
「やっぱり……そうなんですね」
消え入りそうな声だった。私たちのあいだには大きな空白ができて、すがるような彼の手だけが唯一繋がっている。
「あかりさんと話しながら、何度も思ってました。僕が男らしかったら。背が高かったら。年上だったら。天才デザイナーだったら……僕が御堂島優琉だったら、あなたは僕に惚れてくれたかもしれないのにって」
自分がもっとこうだったら。誰しもが一度は思うことで、私は幾度となく彩に対して感じていた。けれどそれは美しい人間には、拓海君のような人には無縁の感情なのだと、半ば当たり前のように思っていた。
伏せられた大きな目を縁取る、長いまつげ。中性的な美しさは、むしろ彼の魅力だ。だから彼がそのことを嫌がっていたとしても、そこまで気に病むようなことだとは思えなかったのだ。
「だから僕は、御堂島が嫌いです。御堂島のことを見てるあかりさんも……嫌いだ」
彼の手に力が込められる。私は二の腕に痛みを感じながら、拓海君がどれだけ悩んでいたかを知った。
高校時代、多くの仲間に囲まれて笑う彩の姿。容姿に恵まれ、友達に恵まれ、コミュニケーション能力に恵まれた彼女のようになれたらと、何度思ったことだろう。無邪気に接してくれる彼女に、私は嫉妬さえした。そして自分の小ささと醜さに自己嫌悪し、改めて何の取り柄もない存在であることに気づかされるのだ。
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