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思い切って少し強めに抗議する。しかし、彼は平然としたままだ。視線を揺るがすことなく、無表情にこう告げた。
「パンツ」
「は?」
「パンツを、見てる」
改めて自分のスカートを見下ろす。その下に重なるように彼の顔が見えて、思わず私は両手で押さえた。
「……っ!」
途端、嘘のように体が浮いた。しまった、と思ったときには足までもが金網から外れ、青い空が遠くなっていく。落ちたのがフェンスの内側だったのは、幸か不幸か複雑なところだ。
そして、今まで見ていたパンツに押しつぶされた少年にとっては、間違いなく不幸な出来事だった。
【3】 イケメン死神 現在
つくづく私は平凡な女だ。
宝くじが当たることもなければ、これといった悲劇に見舞われることもない。一度は自殺を考えたこともあったが、いろいろあって結局はこうして生きている。取り立てて容姿が良いわけでもなく、唯一のチャームポイントも泣きボクロという地味っぷりだ。それでも不満は感じないから、多分このままずっと目立たぬ日々を送り続けるのだろう。
今までは、そう思っていた。
会社の飲み会が終わって、彩とふたりで駅に向かっていたときのことだ。歓楽街の脇道からふらりと青年が現れ、私たちに声をかけた。
愛らしい顔立ちとフェミニンな服装の彩に対し、頑張ってスカートを履いてみたけれど色気はゼロの私。彼の目的がナンパだとすれば、確実に彩目当てだろう。染める手間がかからないからという消極的な理由からの黒髪ボブでは、地味顔の私が彼の気を惹けるわけはない。
「占わせてください」
突然、彼は予想外の申し出をした。よく見れば至ってまとも、言動以外からは怪しさを感じない。イケメンとは言えないが、清潔感のある身だしなみをしている。服装はシックで高級感があり、間違いなくブランド物だろうと思われた。
「お代は、あそこのドーナツでお願いします。コーヒーも付けてくれたら嬉しいです」
「わぁ、面白そう」
近くのミスドを指差して言う男に、彩は二つ返事で引き受けた。
「……彩、大丈夫なの?」
「"流し"っていうの? こういう商売っけのない占い師の方が、案外当たったりしそうじゃない」
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