第1章

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 疑うことを知らないような明るさで彩が言ってのける。いざ危険な目に遭ったとしても返り討ちにできる腕があるのは、見た目からはとても想像がつかない。ゆるく巻いた髪をひとつに束ねただけなのに、どうしてこうも似合うのだろう。  明るい店でドーナツをおごるくらいなら安全だろうし、私も占いには興味がある。それに‐‐少なくとも、平凡な日々の話題作りくらいにはなりそうだ。  夜の十時にもかかわらず、店内にはちらほら客がいた。若い女性ばかりかと思いきや、奥には一人で本を読む男性客もいる。  運ばれてきたドーナツを笑顔で頬張りながら、男は紙ナプキンを二枚取った。 「紙ないんで、ここに名前と生年月日を書いてください。あ、ペンもないんで、持ってたらそれ使ってください」 「どんだけ思いつきで商売してんのよ」  文句を言いながらも彩がバッグからボールペンを取り出す。言われた通りに書き込んだあと、それを彼に手渡した。彩からペンを借りて、私もナプキンに書き始める。 「ふーむ、京野彩、今年で二十七歳と‐‐んじゃ、彩さんから行きますね。まずは直近の未来ですが。んー、自分からアクションを起こさない限りはなんにもないです。恋愛運もそうですね。なんにもしなければなんにも起きないです」 「……あなたの占い、ドーナツ一個ほどの価値もないよね」  生年月日を書きながら、心の中で彩に同意した。こんなのは占いではなく、確率と経験則だ。 「で、良いことが起きるには何すればいいの?」  彩は面倒くさそうにテーブルに肘を付いた。質問をしてはいるが、多分もう大した答えが引き出せないことは悟っているだろう。美人の不機嫌な顔は怖い。 「あなたにとって何が良いことなのかがわかりませんが」  もはや開き直りとしか思えない前置きをして、男は続ける。 「何もしないのが一番です。例えば、あなたは結構細かくて計画を立てたりするのが好きですよね。それ、やめてみましょう。もちろん仕事ではなく、プライベートの話ですよ」  いきなりの具体的な話に、意表を突かれた。確かに彩は、ふんわりした見た目によらずしっかり者なところがある。しかしそれは細かいというほどでもない。私のような適当かつ杜撰な人間にとっては、とてもありがたい存在だ。 「れ、恋愛も何もしなくていいの?」  たちまち不機嫌さの消えた目が瞬く。バサバサと音がしそうなまつげは自前だというから、羨ましい話だ。
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