第1章

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 ここまでで、まだ午前十時半。もう充分疲れたっていうのに、一番の悩み事は解決の糸口さえ掴めていない。御堂島との次の打ち合わせは少なくとも二週間後になるだろうから、それまでに対策を考えなければ。  気を取り直し、エレベーターで四階まで昇る。一抱えある発泡スチロール箱に入った枠を、アンダーさんに届けなければいけないのだ。思えば、最近は仕事で用があっても雑談までする時間がなかった。『Side:S』の仕事はひとまず落ち着いたし、久しぶりにアンダーさんをいじって癒されたい。それに、彩にアクションを起こしたかどうかも気になってるし。  デザイナールームに入ってアンダーさんのブースへ行く。相変わらず小さなガンダムたちに見守られながら、レディース枠のデザイン画を描いているところだった。 「アンダーさん、CRのカラーサンプル上がったよ」  彼は本社のオリジナルブランド『クレセント』を担当している。三日月という意味通り、どれも線が細く優雅なフォルムが特長だ。 「ありがとうございます。それから、せめて君付けにしてくださいってば」  文句を言いながら枠を受け取る。それから私を見て、驚いたように丸い目をさらに丸くした。 「外、雨降ってるんですか?」 「そうなのよ、まさか工場行ってるあいだに降るとは思わなくって。……それより」  声を潜め、彼の耳元に口を近づける。 「何かアクションは起こしてみた?」 「え、えっ?」  アンダーさんの白い肌がほのかに赤く染まる。これは進展ありなのだろうか。 「いきなりそんな……変なこと言わないでくださいよ。僕なんかより平沢さんはどうなんですか?」 「な、何が?」  ブーメランのように質問返しをされ、思わず動揺する。 「御堂島優琉ですよ。平沢さんが打ち合わせのとき御堂島に恋をしたってウワサ、聞いたんですけど」 「な、何それ? 誰がそんなこと」 「ミミさんです」  さすが『噂拡散装置』の異名をとるだけのことはある。しかも、恋をしたとまでは言ってないのに。……確かに昨日今日で、たくさんドキドキしたのは事実だけど。 「単に綺麗な顔してたからじーっと見ちゃっただけだよ。尾ひれが付きすぎ」 「でも、御堂島の悪口を言われたとき平沢さんは彼をかばったんですよね?」  どこまで詳しい情報を流してるんだ。
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