第1章

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「今は真面目に訊いてますよ。ってか、下ネタ言われると傷つきます」 「あ、ごめん。そういうの苦手だった?」 「全然イケますけど、女性からそういうの言われるって、完全に異性として見られてないってことじゃないですか」  しおれた顔の彼を見て、申し訳ないのと同時に可愛いなと思った。下手な女より可愛い顔立ちのアンダーさんは、いつだって『男らしくない』という他人からの評価に敏感だ。だから『君付け』にこだわるし、男扱いされないと拗ねる。そんなところも可愛くて微笑ましいのだが、それを言ったら怒られるだろう。 「ごめんごめん、そんなつもりじゃないから。いい年して転んだなんて言うのカッコ悪くてさ」 「僕、ロッカーにタオルありますよ。来てください」 「良いよ、適当になんとかしとくし」 「平沢さんの場合、本当に適当すぎてどうにもならなそうです」 「失礼だなぁ」 「失礼なのはお互い様ですから」  有無を言わせず、彼が私の手首を掴む。ずんずんと男性用ロッカールームに引っ張られ、少し慌てた。今は誰もいないだろうが、それでも男性用に入るのは初めてだ。  コの字型にロッカーが並ぶ部屋で、当然ではあるが二人きりになった。アンダーさんが自分のロッカーからタオルを取り出し、どうぞ、と差し出す。給湯室での発言にもびっくりしたが、今の強引さも驚いた。最近、彼はイメチェンを図っているのだろうか?  動揺を悟られまいと、私は無理やり明るく笑うことにした。 「さすがアンダーさん、タオルふかふかだねー! いいお嫁さんになれるよ!」 「……良いから拭いてください。僕がやったんじゃ、場所が場所だけに問題でしょう?」  余計に気まずくなり、素直に従った。もぞもぞと尻を拭きながら、咄嗟に言ったなんの脈絡もない発言を思い起こして自己嫌悪に陥る。昔から、私の空気の読めなさは健在だ。 「……ごめん。怒ってる?」  真顔の彼に、恐る恐る声をかける。こういうときは直球の方が良い、と経験で学んだ。 「そんなこと訊くってことは、平沢さん自覚あって言ったんですね?」  墓穴を掘るとはこのことだ。アンダーさんと呼んだことも、女扱いしたことも。面白がって言ったけれど、彼が嫌がるのは分かっていたのに。 「ごめんなさい……」
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