第1章

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 後輩に叱られ、頭を垂れる先輩。情けなさすぎる。というか、いつもコントのノリで終わってたのに、今日はいつになく真剣モードだ。この部屋には私たち以外誰もいないから、本音が言いやすいのかもしれない。ってことは、やっぱり日ごろから実は本気で迷惑していたのだろうか。 「謝るくらいなら、今度からはちゃんと名前で読んでください」 「……アンダーソンさ……くん?」  真顔だった彼が、苦笑しながら首を振る。 「僕、日本語名で呼ばれる方が好きです。顔だってどう見ても日本人だし」 「えーっと、た、拓海君だっけ」  彼は嬉しそうに笑い、頷いた。機嫌が直ってよかったとか、つくづく可愛いよなぁとか思いながらも、男性を下の名前で呼ぶという行為にドキドキしている自分がいる。 「お礼に、僕も平沢さんのことあかりさんって呼びますね」 「お礼になってるのそれ?」  すっかり笑顔に戻った拓海君が、あははと声を上げた。心が広い子で良かった。でなければ、もう少しで高校時代の二の舞になってたかもしれない。  すっかり先輩としての威厳はなくなった気がするが、まあ良しとしよう。 「タオル、ありがとね。ちゃんと洗濯して返すから」 「良いですよそんなの」 「それくらいさせてってば」  もしかして、これも迷惑なことなんだろうか。そう思いながら彼を見て、まだ笑顔を保っていることにホッとする。 「じゃ、あかりさんに洗濯してもらおうかな。お願いしますね」 「う、うん。実際洗ってくれるのは全自動洗濯機だけど」  再度声を上げて拓海君が笑った。まあ、今どき二層式なんて誰も使わないか。というか、そもそもそういう問題じゃない?  どうでもいいことをぐずぐず考えていると、彼がふと気づいたように話題を変えた。 「あかりさん、昨日どこかに泊まりました?」 「え!?」  いきなり何を言い出すんだ、この子は。一体どこで知ったのだろう。 「いや、服が昨日と一緒だなと思って。まずいこと訊きましたか?」  そういうことか。とすれば、誰のところに泊まったかまでは分からない。私はホッとして、出来るだけ事実に近いことを核心に触れず話すことにした。 「実はさ、昨日帰る途中に駅の階段から落ちちゃったんだよね。で、気を失っちゃって、そのまま運ばれて」  説明しながら、それにしてもなぜこんなことを訊くんだ、とか、昨日の私の服なんかよく覚えていたよな、とか思う。
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